第77話 むかしむかし~、ある所に絶世の美女がおりましたとさ

目の前のフィーリーアはこれまで見たことがないほどに激怒していた。


一緒に暮らしていたのはたったの十数年程だったが、その一緒に暮らしていた数十年、クドウはほとんどフィーリーアの怒ったところを見たことがなかったのだ。



(母さんでも怒る事があるんだな。ほとんど笑顔しか見たことなかったわ)



というのもフィーリーアはクドウもとい元魔王ギラスマティアを溺愛しまくっていた。



フィーリーアは魔王ギラスマティアの実の母親ではない。


種族がそもそも違うので当たり前だが、魔王ギラスマティアは拾われっ子だった。


話は実に数百年前に遡る。





この世のものとは思えない絶世の美女が玉座についていた。


永き時を生きているはずなのに、1つのシミも皺もない純白に近い透き通った肌を持ったその者こそ始祖竜にして魔界にその名を轟かす聖竜女王フィーリーアだった。


その日も、フィーリーアは不機嫌だった。


この百年ほどはずっと不機嫌だ。


ある事件で最愛の実の息子だったエレメントドラゴンを殺されたのだ。


そんな中、特に用事がなければ決して誰も立ち入らない謁見の間にフィーリーアの娘アクアがやってきた。



「何の用だ、アクア。私は今、機嫌が悪い。つまらぬ要件ならそちらで勝手に処理するがよい」



機嫌が悪いのはいつもの事だった。


恐らくそれはこれからもずっと続くのだ。


この感情が収まるのがいつになるのかフィーリーア自身見当もつかない。



「……それが母様」



アクアは言葉を詰まらせる。


珍しい事があるものだと、フィーリーアは僅かに興味を抱いた。


アクアもまだフィーリーアに及ばないがエレメントドラゴンの一体である。


アクアを困らせるような事態となればそれなりの要件なのだろう。そう思いフィーリーアは煩わしいと思いつつも重い腰を上げた。



「なんだ? 調子に乗った魔人でも攻めてきたか? それとも奴の配下の者か?」



どちらにせよ、関係ない。


聖竜女王に敵対する者は全て消し飛ばす。ただそれだけだ。


フィーリーアが問いてもアクアの表情は優れない。


フィーリーアの予想は外れていたようだ。


だが、それ以外にフィーリーアは何も思いつくものはなかった。



「赤子が……城の外に捨てられておりました」



「……アクア、お前、私を舐めているのか?」



城の外だろうが、魔界の奥地だろうが関係はない。


そんな事を聖竜女王であるフィーリーアに相談するなどあり得ない話だ。


勝手にそちらで処理すればいいだけの話である。


捨てるにしろ育てるにしろフィーリーアには関係のない話なのだから。


とはいえ、アクアがわざわざ相談してきたくらいだと怒る心を抑え、フィーリーアは更に問う。



「まぁよい、それでその竜の子は——」


フィーリーアがそう言うと、戸惑いながらフィーリーアの言葉を否定した。



「いえ、竜族ではありません。魔人の子です」



「……何と言った?」



「ですから魔人の子と」



やはりアクアはフィーリーアの事を舐めていたようである。


竜族ですらない魔人の子を拾ってきただけでなくそれをわざわざ聖竜女王であるフィーリーアに相談してきたのだ。



「……私の教育が足らなかった様だな」



つかつかと玉座の間の階段を下りてくるフィーリーアにアクアは慌てて言った。



「それがその子の傍に置いてあった手紙に「愛しの友リアへ」と」



「……なんだと? よい、寄こせ」



フィーリーアはアクアの持っていた手紙を無理やりふんだくって、手紙の封をビリビリと破り中身を確認する。


少しして、手紙の中身を全て確認したフィーリーアはアクアに言う。



「その子を連れてこい」



「えっ、良いのですか?」



「?? お前が相談してきたのだろう?」



「……後悔しないでくださいね」



意味深に言うアクアをフィーリーアは不審に思ったが、アクアは玉座の間から出て行って、すぐに戻ってきた。


恐らく、すぐ外に待機させていたのだろう。


準備のいい事である。


アクアが連れてきたのは二女のシルフィル。


その懐に抱かれているのがその魔人の赤子だろう。


シルフィルはフィーリーアの元までやってきたが、中々赤子を手放そうとはしない。



「……シルフィル、なぜ離さない?」



「……母様、絶対返してね?」



意味不明である。



取って食うとでもシルフィルは思っているのだろうか?


普段から少し変な子だと思っていたが、やはり変な子だったのだろうか?



「取って食ったりはせぬ。いいから」



「んん、じゃあ……はい」



そして、シルフィルから赤子を手渡されて、初めてその赤子の顔を確認したフィーリーアは——。



「なんだ! これは!」



そう言い放った後、フィーリーアは言葉を失うのだった。


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