第43話 神ユリウスの友人A

ユリウスは今日も昼間から飲んでいた。


今朝、ユリウス教から献上されたばかりのワインをである。



「今回はワインの減りがやけに早かったな、あやつめ、さては何本かくすねておったな」



特にワインのストックを気にしているユリウスではないが、前回ユリウス教から献上されてから今回まであまり時間が空いてなかった。


それにも関わらず今朝の時点でのストックが完全に0だったのだ。いつもならば、少し余裕がある時点でセラフィーナをユリスリティアにある大聖堂にワインの受け取りに向かわせていた。


ギラスマティアに振舞った分を計算に入れたとしても計算が合わない。天使たちが神のワインを盗むわけはないので、ワインの味を気に入ったギラスマティアが何本かくすねたのだろう。



「言えばくれたやったものを」



ユリウスはそう呟きながら、クッとワインを飲み干した瞬間、ユリウスの耳元にすっと響くささやく声がした。



「へぇ、何をくれるの?」



びくっとしたユリウスは思わずワインを吹きかけたが、なんとか堪え振り返ると、ニコッと笑う銀髪の女の顔がすぐ近くにあった。


言うまでもないことだが、飲んでいるとはいえユリウスのすぐ背後まで気づかれず近づく事など普通の人間には不可能である。魔人であっても同様だ。



「なんだ、お前か、来ているならなぜ言わない?」



「はい、今、来ましたよ」



「…………。」



女は笑顔でそう言うと、ユリウスは何も言わずにワイングラスをテーブルに置いた。


すると女は更にしつこく聞いてくる。



「……で、何をくれるの?」



「お前にじゃない。少し前に来た知り合いにワインをって話だ」



「へぇ、あなたがワインを? 私にもくれたことないのに?」



女が拗ねた風に言うと、ユリウスは呆れた顔で女に言った。



「お前、酒が飲めないだろう」



「あ、そういえばそうでした!」



女はてへっと舌を出すが、ユリウスは軽く無視をした。



「で、何の用だ?」



「ジンさんに聞いたわよ、ユリスリティアへし折られたんですって?」



「……あの人も口が軽いな」



ジンさんこと剣神ジンク。3神の一人にして武器を司る神。


ギラスマティアにボロボロにされたユリウスの神剣ユリスリティアを修復してくれた神である。



「折られてはいない。ボロボロにされただけだ」



「同じことじゃない」



断じて同じではない。修復の手間という点でもかなり違うはずだ。剣の修復をしたことがないユリウスは知らないがきっとそうだろう。



「で、リティスリティアをボロボロにされて負けた魔王にワインと一緒に転生魔晶まであげてしまったと」



「……なぜ知っている?」



ユリウスは剣神ジンクにリティスリティアをボロボロにされた相手はおろか転生魔晶の「て」の字も出してはいない。



「心を読んだの——知っているでしょ? 私の能力」




「……嘘を吐け。お前にそんな能力はないだろう」



ユリウスは女の魔法についてよく知っているがその中に心を読む力など存在しない。


というより、現在のこの世界に1人としてそんな魔法を使えるものなど存在しない。神であったとしてもだ。



「まぁそんなことは置いておいて、……よかったの? 大事な物じゃなかったの?」



女は笑顔から一変、真剣な顔になりユリウスに尋ねた。



「……俺にはもう必要ないからな。あやつなら有用に使ってくれると思ったからくれてやったまでだ。まぁそれが正しかったかはこれからのあやつ次第だがな」



「あー、いいなぁー。男の友情? 信頼? ってやつ? 私の事は信じてくれなかったのに、魔王はすぐ信じちゃうのねー。私悲しいわー」



真剣な表情だったはずの女は棒読みで大げさに悲しそうな演技を披露し、ユリウスの突っ込みを待ったが、ユリウスからは女の予想とは外れた答えが返ってきた。



「……すまなかった。今は信頼している。本当に苦労をかけた」



ぐにっ。


女はユリウスの頬を左右に引っ張りながら言う。



「あなた、笑いの神でしょ? 何をしんみりしちゃってんの? いつもみたいにぐへへへへ! って笑いなさいよ」



女がユリウスの頬を離すとユリウスは言った。



「俺は笑いの神でもなければ、そんな笑い声でもない」



「調子出たじゃない。で、最初の話に戻すけど、面白くなってきたわよ。人間界」



ユリウスはいずれ魔王の件は話すつもりであったが、転生魔晶の件を知っているくらいだ。当然、女が人間界と魔界の異変に気付いていてもおかしくはない。



「あぁ、なぜか魔界がきな臭くなっていたからな。少し早いと思ったが、俺がユリウス教に情報を流したのだ」



なぜ魔人がこんなに早く魔王の死に気づいたのかはユリウスにも分からなかったが、あのままでは人間界が窮地に立たされる可能性があった。


いくら転生したギラスマティアがいるとはいえ、知らない事には対処はできないだろう。あまり口出しはしたくはなかったが、ユリウスにとっては仕方のない措置だった。



「あ、魔界に情報流したの私。あなたって魔界にはあまり影響力無いでしょ?」



(……お前か!) 



相談してからにしてほしかったが、そもそもの相談が遅かったのはユリウスなので、あまり強くは言えなかった。



「まぁ、いずれはそうなっていただろうしいいだろう」



この事がどう転ぶかは分からないが、結果が分からなかったのは魔界に情報を流さなかった場合でも変わらない。



女はいつの間にか用意していたティーカップに注がれた紅茶を飲みながら笑顔で言った。



「ま、人類を信じることにしましょ。あなたのお気に入りもいることだしね」

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