赴くままに書き綴った、名前のない作品集

紅葉

1 少女

寝惚け眼で着替えながら、テレビをつける。

流れ出す天気予報に、星座占い。


(今日はずっと晴れか……獅子座は…4位かぁ、そこそこラッキー)

学校の準備は済ませた。制服も着終わった。


今日も変わらない一日が始まる。


「……行ってきます」


返事なんてもう帰って来る筈もないのに、言ってみる。

そんなことをしたって、今日が変わる筈が無いのに。


玄関の扉を開けて、鍵を占めると歩き出す。



「んぐぅ……」


何か居た。






「…………はら、へった……」


着物を気崩した様な格好の人が倒れてた。

長い黒髪が辺り一面に広がり、黒い床へと変わっている。



「……ええ………?」


どう見ても行き倒れにしか見えなかった。


そこで気がつく。向かいのご近所さんから怪しげな目で見られていることに。


あのおばさんは何処かズレてるから苦手なんだよなぁ……

そのおばさんがこっちを怪しげに見てる。


(これ私が家を追い出して飢えさせてるとか思われてる……!?)


その結論に至った私は急いで倒れてるその人を起こす。


「ちょ……あの、おーい!ここ私の家ですよぉ!」


誰に言い訳をしているのか、言い聞かせているのか。


そんな事を言いながら揺する。


「うん……ん……はらが……へっ……」


仄かに顔を上げると、そんな事を言ってまたぱたりと倒れた。


「あの……!ええっと……!取り敢えず家!」


余裕の無い私は家に置くという暴挙に出る。



「んぅ……」


呑気に寝ているのか、気絶しているのか。


私も気絶してこの場をやり過ごして逃げたい。






家に連れてきて、ソファへと投げる様に置く。

力が無いから慎重になんて無理。我慢して欲しいと思う。



時計を見ると既に学校へは遅刻決定だった。



「あぁ……もう……ほんと……」


一周回って吹っ切れた私は大人しくこの行き倒れに料理を作ってあげることにした。


そして早く出ていってくれ。



卵を2つ割るとボウルにおとし、白だしをちょっぴり入れてかき混ぜる。


フライパンを温めてる間に冷蔵庫から明日のお弁当に使おうと思っていた肉団子を開封し、レンジに投入。温め2分。


付け合せのお野菜にレタスとミニトマトを盛り付け、卵を焼く。



自分でも大分こなれたものだと思う。

最初は卵焼きも上手く畳めなかった私が上手になったものだ。


炊飯器の中はからっぽだった。

虎の子であるパックの白米を渋々使う事にする。


レンジの中からふわりと美味しそうな肉団子のソースの香りがする。


同時にお腹から空腹を訴えるの声。



────もう一人分つくろ。


朝から何も食べてないからしょうがない。


自分に言い聞かせるように作り始める。







お皿に盛り付け、机へと運ぶ。


「………むっ!」


先程までうんうん唸って倒れていた着物の女性らしき人は勢い良く起き上がると、手を合わせ「いただこうっ!」と元気良く言う。


(この人絶対意識あった……)


そんな事を思いながらも、自分の作った料理を美味しく食べる姿を見せられると、怒る気にはなれなかった。


(私もたべよ)


いただきます、と手を合わせて私も食事を始める。

久々に誰かと食べる食事は不思議と美味しく感じた。







「いやぁ!美味であった!助かった!」


食べ終わった着物の女性はからからと笑う。

対する私はまだ半分程食べ終わったばかりで。

それほどまでに空腹だったんだろうか。


「そうですか、お粗末様です」


少し素っ気なさすぎたかな、と言ってから後悔するのは私の悪い所だと思う。

けれど、目の前の女性はあまり気にした様子は無かった。


「何か礼でもしたいが、生憎手持ちが無くての……その代わり、困っている事があれば教えてくりゃれ?」


「……大丈夫です。それより、もう少しその、胸元を…」


気崩した格好だから、少し胸元の露出が過ぎると思う。

正直見ていて恥ずかしさもあった。


けれどそんなニュアンスはあまり伝わらなかったようだった。


うん?と首を傾げるだけだったので私はこれ以上は言わないでおこうと思う。



「それで、この家は……あぁ……」


背後にある仏壇に気が付いたのだろう。何処か寂しそうな、申し訳なさそうな表情を見せた。


あぁ、その表情、気まずさ。どれも私の嫌いな物だ。


「…少し、手を合わせてもよいか?飯の礼を親御さんにも伝えたくての」


「御自由に」



私はそう告げると食べ終わった食器を流しへと置いて、再び学校へと向かう準備をする。


「それでは、私は学校に行くので。好きな時に出て行ってください。盗まれても困る物は無いので」


そう言うとさっさと学校へと向かう。


少しだけ心がざわつく理由は、分からなかった。



「ふむ……?」







「だいぶ遅いじゃないか。何してたんだ?」


教室に入ると、視線が集まる。


「寝坊です」


間髪入れずに即答する。


「そんなんじゃいざって時に困るぞ?試験の日に寝過ごすかもしれないぞ」


この教師はなんとなく嫌いだ。軽く話を流しながら着席する。


既に授業は2限を過ぎて3限に入ったばかりだ。


「それじゃあ教科書開いて。今日は──」

(今日もつまらないなぁ)


私にはもう解る内容の授業。それでも全体の為に決められたペースで進めるのは理解出来る。


でも、つまらないものはつまらない。



教科書を、ノートを開いて外を眺める。


春を過ぎた今は、木々が緑色に染まる季節。


朝、と言うにはあまりにも遅すぎるけれど。それでも心地のいい陽射しが枝葉の隙間を抜けて降り注ぐ。



ふと景色の一部に黒い波がちらりと揺れた。


(………!?)


朝、助けた女性が木の上に腰掛けてこちらを見ていた。


女性は私が見ている事に気が付くと、にへらと笑って呑気に手を振る。



「……すいません、体調が良くないので保健室行きます」


「来て直ぐに保健室か……風邪でも引いたのか?」


「多分そうかもしれません」



幻覚でも見るくらいには、体調が悪いのだろう。







「あら……一応寝ておく?私はちょっと職員室に行ってくるけど、大丈夫そう?」


まさか本当に体調が悪いとは思わなかった。微熱だけど。


「大丈夫です、少し寝たら楽になるので」


私が伝えると保健室の先生は笑顔を見せた。


「そっか、じゃあ寝てていいわ。少ししたら戻るから」


そう言うと保健室を出て行く。今この部屋に居るのは私だけの筈だ。なのに



「む、風邪でも引いていたか。それは済まんの。体調も優れんのに飯まで用意させた」


窓辺に腰掛け、気遣うようにこちらを見るのは今朝の着物姿の女性。


気崩した格好も相まって、昔の花魁ってこんな感じなんだろうなぁと半ば現実逃避していた。



「ええ、それは大丈夫です。で、何でここに居るんですか?」


「そりゃあ、の。恩返しかの?」


自分で言って、首を傾げる。


「それは大丈夫だと言ったはずですが」


「気にするでないわ。私がしたいのだ」


「気にするでしょう……される側は……」


溜息をつくと布団の中へと潜り込む。

近くでころん、と心地の良い下駄の音が響く。


「よい、よい。寝ておれ」


頭に置かれた手は少し冷たくて、不思議と温かくて。

気が付けば微睡みの中へと沈んでいた。






眠る少女の頭を撫でながら、この不思議な少女のことを考える。


本来、自分は人間には一切見える筈のない存在である。

その自分を認識出来るということが不思議だった。


ほんの数千年も前であれば認識も出来たであろうが、今の時代は違う。


科学というものが畏れを払い存在を否定していくこの時代に、個として認識する人間はあまりにも希少だった。


「京では畏れられた事もあったのだがのう……」


この声が寝ている少女に届く筈もなく部屋を力無くさ迷い、消えゆく。


「おか……さ……」


寝ている少女は涙を流していた。

その姿を見て、思う。


(もし、この娘が求めるならば私は……)



鬼は静かに少女の頭を撫で続ける。

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