第40話

「レイーー!」


 30分より少し早く、クォーリアは戻ってきた。後はなんとか、陣の上に彼を立たせるだけ。

 1分間の時間稼ぎは、ネアに頼めば良い。


 里の広場にたどり着いた所で少女が見たのは…まさにその瞬間、北本澪が倒れる所だった。


 ―――――――――――――――――――――――――


「…あれだけ言って、負けないでよ…澪」


 喜ぶべきなのか悲しむべきなのか解らずに…苦虫を噛み潰したような顔でそっぽを向く夕空。

 もはやこの時間軸に用はない。

 夕空はいつものように巻き戻そうと手をかざすが…いつもの感覚が現れない。


「あ……れ………?」


 それだけではない。時計の針も感じない。…いつも感じていた、進んでいる、止まった、という時計の針の状態が…解らない。


「レイ!レイっ!!」


「くぉ…りぁ……?」


「うむ!そうじゃ!!妾が解るな!?死ぬなぁっ、レイっ!!!」


 もはやなぜ会話ができているのかすら解らない程の重体。というより、もう完全に死が確定している筈だ。


「…澪」


「貴様ッ!澪に寄るな!!」


 炎を手に宿し、投げつけんと構えるクォーリア。


「…まってくれ」


 それを彼は最低限の言葉で制すると…近づいてきた夕空に霞んだ声で尋ねる。


「…もう、まきもどせないだろ…?」


「ッー!まさかっ…!」


『絶雨』は…時間の流れを正す剣技。止まっていた時間を進め、ましてや巻き戻すなんて許すはずもない。


「……これでいい。お前は…救える限りを救うんだ。ユー」


 いつの日か呼んでいた愛称。言い終わり、血を吐く彼。

 残された時間は、間も無く尽きる。


「待って…待ってくれっ、レイ…!妾を、置いていかないでくれ…!」


 ポロポロと、降り始めた涙の雨。顔を見下ろす少女の雨雲を晴らしてあげたいのに…もはや剣すら握れない。


 左手は既に身体から離れてしまっている。

 右手をなんとか持ち上げて…涙を拭い…1度だけ頭をそっと撫でた。


「…澪」


「ぁぁ…」


「…お礼を言うことも、怒ることも……私にはできない」


「…」


「だから…おやすみ、澪」


 泣きながら笑う、少女の可笑しな表情に。彼は小さく笑みを返した。


「…誰かの理想になれたなら……」


 零れ落ちた最期の言葉。


 北本澪は穏やかな眠りの海へと落ちていった。

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