第5話

「…とりあえず、全員と戦ってもらおうと思う。医療班も待機しているから、ぶっさしちゃっていいぞ」

 そんな、適当な感じに言われて、了解です!なんて返せるはずもない。が…まぁ、いいか。という、適当でいいなら適当にこなそう、そういう気分の日だった。


「今日の内容は…短期決戦だ。北本、一撃でやれるやつにはやっちゃっていいぞ」


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「よ、よろしくおねがいします」


「よろしくおねがいします」


「…では、始めっ!」


 開始の合図とともに剣を抜く。と、相手の衛士、ガタイは良いが気の弱そうな男の肩が思いっきり揺れた。


 …これ、重症だな。


 不殺宣言当たり前の訓練しかやってこなかったのだろうか。それとも、経験が極端に短いのか。とはいっても、経験年数一年未満の連中は事前に秋型が仕分けしており、一つの懸念が消えた。


「……ぇ」


 一瞬だった。剣が脇腹を貫いた瞬間を知覚するよりも早く、刀が貫通していた。


「…」


 特に言うことも無ければ、感慨も、罪悪感も無い。


 無言のまま剣を抜くと、噴水かというぐらいに血が大量に噴き出し始める。


「…ぁ…ぁは…あ…」


 その場に倒れこみ、1人目の相手は気絶してしまった。


「次!」

「待て」


「…どうした?」


「話にならんぞこれ」


 呆れた顔で試合場の外に腕を組んで立つ秋型を睨む。数秒、目と目が合ってから、秋型は溜息をもらす。


「…ああ」


「あんな、碌に戦ったことのない奴の腹に剣を指しても、良いことなんかないと思うが」


「…あいつはそれなりに怪異とも戦ったことがある」


「…ほんとか、それ」


「ああ。…衛士はお前を見て…どうやったら勝てるか考える。野生の、凶暴なだけの怪異相手なら予測は多少つくがお前は人間だ。フェイントだってある。実力はこの前の剣でハッキリしている。自分では勝てない敵…そういう相手への慣れのための訓練なんだよ」


 他の属性の神秘使いならば、こんな訓練は必要ない。だが、衛士は…各地で門番を務めることが多い、街の守り手。討伐任務なら負けそうになれば逃げればいいが、街の防衛で逃げるわけにはいかない。これはいわば、勝てない戦いへの訓練なのだ



 運ばれていく男を痛ましそうに見つめる彼女は何とも言えない表情をしている。何故って、この訓練は必要なものだと解っているからだ。この場に、腹に穴を開けたい人も開けられたい人もいない。だが…そう。衛士は自分だけではなく仲間、市民も護るような役割を担う。素早い動きの相手に対して、自分をスルーされて仲間から先に殺されるような状況は普通に起こり得る。そんな時、落ち着いて対処するためにも…痛みに触れることは大事な事なのだ。だから…しかたないのだ。


 …今日、街の子供たちの見学を団長が断っていたのをありがたく思う。


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 2人目。早速の重傷者に、強張った顔の屈強な男。彼は見たことがある。街の門番として立っていたことがあるはずだ。


「「よろしくおねがいします」」


「――始めッ!」


 試合場に二人立つ。開始の合図が響く瞬間、男は神秘の鎧を纏うと、全力疾走しながら大剣を抜き、彼に向けて振り下ろした。


 鎧を着た男は、それなりには早いが、それでも避けるに容易い速度だった。横に跳んで回避し、一閃。壊せる、という確信を持って臨んだ居合斬りは彼の予想通り、鎧を真っ二つに切断し、男は腹から血を吹き出しつつ膝をつく。その瞬間に神秘の鎧は解除され、男は気を失った。


「運べ!」


 医療班が再び駆け込み、その場で止血を始める。一分ほどで処理は終わり、どこかへ担ぎ込まれていった。


「切れるってよくわかったな」


「鉄板くっつけただけみたいな雑な作りだったからな。動きづらそうだったし」


「…よし、次!」


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 20人目。動きの遅い物には鎧越しに顔面を殴ったり、遠距離主体の者には楽々と回避しつつ接近し切り伏せ、固くも素早い鎧の者には関節を決めるか、繋ぎ目を狙うか。


「…はぁ…っぅ…」


 いい加減息の切れてきた彼は、一度深く吸って、吐く。

 それから…秋型の次の開始の合図を待った。


「今日は終わりだ。シャワー、浴びてこい」


 20人目は苦戦した。大剣を手放して右ストレートが飛んできたときにはやばいと思ったが、回避できてしまえばこっちのもので、剣を手放したことで意味を失った神秘の鎧を真っ二つにした。


 恨めしそうな死に形相で肩を掴まれ、血を大量に浴びる羽目になったが…しかたない。そもそも1人斬る度に、体はどんどん赤くなっていった。


 ぽちゃり、という足元の音に意識を奪われ、目線を下へ。


 血の池ができていた。阿鼻叫喚の光景だった。どうやったらそんなところまで飛ぶんだ、というぐらい、試合場の外にまで所々赤く染まっており、その場に残った全員、顔色が優れない。


 一方、彼はと言えば…確かに一つ、掴み取っていた。


 殺さないぎりぎりの深さで切るということ。そして、人を斬るということに対しての慣れ。後2センチでこいつは助からないな、というレベルの把握。


 視線を感じ、顔を上げる。

 上へと続く階段。絶好の見下ろし位置にいる夕空と目が合う。


 …どちらも、なんとも言えない顔。責めるわけでも、謝るわけでもない。言葉を発することも、頷いたりジェスチャーを返すこともせず…どちらからともなく、目を逸らし…その場を去った。


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 次の日。昨日運ばれていった衛士の殆どは、翌日には目を覚ましていた。それぐらい、この世界の医療技術は高い。というか、とある怪異が持っていた不可思議、薬花による効果のおかげなのだが。とはいえ無理は禁物だ、体力も持っていかれているだろう。一日の休養を貰ったらしい。それ故に、今日は衛士協会の人数が少ない。いずれも、実力者の威風を持つ者達だった。


「今日もやるのか?」


「いいや。こいつらには必要ない。夕空以外の全員、既に大陸巡りを終えている。


「そうか」


「待て。団長」


 試合場の上に衛士達が整列し、その前に立つ団長と北本。


 じゃあ何を?と聞こうとしたところで、1人の衛士がドスの効いた声で秋型を制す。


「俺に戦わせてくれ。そいつに、衛士の強さを教えてやる」


 睨みつける男とは対照に彼は無表情のまま、団長の視線に頷き返した。


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「「…よろしくおねがいします」」


「―――始めッ」


 何の捻りもなく駆け出した男は身の丈ほどもある大剣を振り下ろす。当然、横に避け…抜刀、居合を放つ。

 大剣を振り下ろす速度は心なしか想定していたよりも遅く、それが彼に僅かながらに違和感を与えていた。居合による一撃も、警戒ながらのものになり、いつもよりも7割程度の威力となる。…が、その予感は当たっていたらしい。太刀と男の脇腹の間に、手の平程度の大きさの岩石が張り付いていた。いいや、張り付いていたというよりも…それは、居合が当たる寸前に、出現していた。10割の力でやっていた場合、速度勝負で勝てていたかどうかは五分五分だろう。余力を残していたのはこの隙を狙っていたためらしく、すぐさま横振りが放たれるが、余力を残していたのは彼も同じだ。細い刀身でなんとか受け止め、場外寸前でその場に留まった。


「チィッ…!」


 大剣を彼が、防ぐのではなく避けるのをメインにしているのには理由がある。それは地の第五神秘…“剣が触れた物の重さを増やす”を警戒してのことだった。そして、今までその神秘を使ってきた相手はいなかったが…この男は、使っているようだった。刀の重さが先程よりも少し重い。…1.2倍ぐらいだろうか。


 …攻める手が見つからない。彼にとって最速の一撃が届かない。…だからって、やれることが何もないわけではない。

 体勢、考えを整えさせる隙を与えるものかと、男が叫びながらも距離を詰め、横薙ぎ払い。既に場外一歩手前の彼にはそれを避ける手段が限られている。神秘の同時展開は、不可能ではないがその分頭の容量を使う。今男が使っている候補としては、1と5。次点で2。左から右への振り払いを、彼から見て左斜め前方に滑り込むようにして回避。背中から首にかけてを刀を盾代わりに備えておくと、僅かにだが金属のぶつかった感触に背を押されるギリギリの回避になった。すぐに立ち上がった彼の背後にはすでに男が迫っており、そして彼の目の前には岩石の剣が浮かび上がり、既に発射されていた。


 …さっき、1か5のどちらかを使わず、2に意識を集中していたらしい。読み負けた。

 より重くなった刀を地面に突き刺し、それを軸にして180度Uターン、光速のスライディング。背後から再び迫っていた横薙ぎを潜り抜けて躱しつつ、男の足下真横を通り、首元に全力を込めた鞘での突きをねじ込もうとして…ぴたりと、その勢いを止め、軽く触れるだけで収めた。

 岩の剣は男に当たる寸前で形を崩して地面に落ち、男は意味の解らない、という様子で前に跳び、彼から距離を取った。


「――止め。北本の勝ちだ」


「ま、待ってくれ!意味がわからない。なんで、突きを止めた」


「首の後ろへの強打は、切り傷とは比べ物にならないぞ。意識不明、もしくは死ぬ場合だってある」


「「…」」


 衛士は言葉に詰まり、頭の中を整理しているらしい。少ししてから彼の方を見ると、素直に負けを認めて引き下がった。


「…あいつは、どうだ?」


「…俺が評価できる立場じゃない。勝てたのは、運だ。読み合いでも負けたしな」


 次に戦った場合、勝てる可能性は半分以下な気がする。

 地面に刺さった刀を抜き、納刀。重さは既に元に戻っていた。



 …もっと強くならなくては。



 …何のために?



 …解らない。ただ、戦っている時の自分が、好きなのかもしれない。



 右手を握りしめる。

 その手には…まだ、望んだ物を何も掴めてはいなかった

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