第139話 ボスコバルの悲劇

「名前に村の名前がついておるということは――」


 ルシルの言葉を、キャンが引きとった。


「ええ、私たちは村長の娘です。ある日、見たこともない形の大きな船が浜に近づいてきました。村の者は珍しさもあって、そのほとんどがそれを見に浜へ出ました。そして、船から吊り降ろされた小舟が浜に到着すると、捕獲が始まったのです」


「捕獲じゃと?」


 ルシルは眉をひそめている。彼女は、すでに話の先が予想できているのかもしれない。

 話すキャンは、その時のことを思いだすのか、声が震えている。


「私は幼い頃、船から落ちて怪我をして以来、小舟さえ苦手なので、みんなのように浜へは出ず、家の窓から見ていました。教会の白いローブを着た人たちが村のみんなを捕まえたのです。そして、『儀式』が始まりました」 

  

 キャンは、目をぎゅっとつむって話を続ける。小さな肩が、震えていた。その時、よほど怖い思いをしたにちがいない。


「教会の人は、みんなに何か薬のようなものを飲ませると、彼らに向けて何か呪文を唱えているようでした」


「なるほどのう、薬と呪文か……」


 ルシルはしきりに頷きながら目を閉じている。


「私は、お姉ちゃんを助けようと思って、彼女が捕まっている漁師小屋に忍びこんだところを、見つかってしまいました」


「君は薬を飲まされなかったんだね?」


「はい、グレンさん。私は、小間使いのようなことをさせられていました」


「そやつら、村を占拠した理由を話しておらなんだか?」


 ルシルは、それまで閉じていた目を開いた。


「ええと、獣人国では教会が認められていないから、教えを広げる拠点を作るって言ってました」

 

「よく、そのようなことをお前に話したな」


「違うんです。私は、教会の人たちが話すのを、もれ聞いただけです。

 隙を見つけてお姉ちゃんを連れて逃げようとしたけど、お姉ちゃんは私の言うことを聞いてくれませんでした」


「なるほどな。お前にそんな話をするはずもないか」


「それで、ある日、『司祭』って呼ばれている人に命令されたんです。あなたたちのそばにいて、分かったことを知らせろって」


「にわか作りのスパイだったのだな。最初から、バレバレだったがな。ヤツらの言うことを聞いたのは、その姉を守るためか?」


「はい。言うこと聞かないと、お姉ちゃんにひどいことするって……」


「教会らしいことじゃな。どこまでも腐っておる。その後、ボスコバルの村がどうなったか知らぬのか?」


「ええ、連絡係の人に聞いても教えてくれませんでした」


「それはそうじゃろう。おい、グレン」


「な、なんです」


「お主、改めてキャンの世話係をするのじゃ」


「ええっ? でも、キャンは俺と同じくらいの年なんでしょ?」


「守ってやれということじゃよ。敵がいつまた襲ってくるか分からんからの」


「まあ、それはいいですけど」


「キャンのお姉さんも、ついでに面倒みるんじゃぞ」


「ええっ!?」


「弟子は師匠の言うことを黙って聞け!」


 俺は、ルシルが二人を押しつけるためにそんなことを言ったと思っていたが、それほどたたず、自分の考えが間違っているとおもい知らされることになった。


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