第118話 港町カッペーリ(下)

 アイスクリームは、焼きたての生地を巻いたコーンの上に載っていた。

 香ばしい生地の上でアイスクリームがトロリと溶け、えも言えぬ美味しさだ。

 歩きだした俺たちが夢中でアイスを食べていると、路地の奥から悲鳴のようなものが聞こえてきた。

 路地から跳びだしてきた小さなものがルシルにぶつかる。


 ベチャ


 彼女のアイスクリームは、その手から地面に落ち、見事に逆立ちを決めていた。

 ルシルの体が、ぷるぷる震えだす。

 間が悪いことに、路地から出てきた三人の獣人が、そんな彼女に話しかけてしまった。


「おい、嬢ちゃんよ。黙ってそいつを俺たちによこせ!」

「おい、コイツ、エルフじゃねえか?」

「ついでだ、お前も一緒に来い!」


 ルシルの震えが大きくなる。

 ローブから出てきた彼女の手には、小型魔法杖ワンドが握られていた。

 彼女が黙ってそれを振る。


 パチパチパチ


 何かが焦げるような匂いが漂ってくる。


「あ、あちいっ!」

「げっ、も、燃えてる!」

「ひいっ、だ、誰か、消してくれっ!」


 獣人の背後から煙が上がっている。

 くるくる回りだしたそいつらの、尻尾のつけ根に火がついている

 三人は、ズボンに着いた火を消そうと、脱いだ上着でお互いのお尻を叩きあっているが、火はいっこうに消えそうにない。

 三人の獣人は、叫び声を上げながら、地面をごろごろ転がることになった。 


 ルシルがワンドをローブの中に仕舞うと火は消えたが、その時すでに獣人たちは、息も絶え絶えとなっていた。

 ルシルが、小さな足でそいつらの顔を踏みつけている。


「この、この、この! 私のアイスクリームちゃんを台無しにしおって!」


 体重が軽いので、踏みつけられたダメージは入っていないようだが、精神的ダメージはひどいかもしれない。


「おい、もうその辺で勘弁してやれ」


 呆れたようなゴリアテの言葉で、やっとルシルがストンピングを止める。


「ふう、スッキリした。まあ、私には、もう一つアイスがあるのだが……」


 ルシルは俺が手にした食べかけのアイスを当然のように奪いとり、さも旨そうに食べ始めた。 


「それ、俺のアイス――」


「私はよい弟子を持って幸せじゃ」


 あまりのことに呆れかえっていたから、自分の足に何かが巻きついているのに気づくのが遅れてしまった。


「ひえっ!?」


 俺が悲鳴を上げたのは、足元の薄汚れたぼろくずが動いたからだ。


「た、助け、助けて……」


 ぼろくずは弱々しい言葉を上げると、ずるずると崩れおちた。

 ルシルは、アイスを自分の小さな口に無理やり詰めこむと、再びワンドを手にし、それをぼろくずに向けた。

 白い光が、薄汚れた茶色い布を包みこむ。


「うむ、なぜか術があまり効かんようじゃな……。グレン、こやつを抱えよ」


「えっ? なんで俺が?」


 どう見ても俺より力持ちのゴリアテさんが、そこにいるじゃないか。


「そういうことは、下っぱがするものと決まっておるのじゃ」


 いきなり「下っぱ」認定かよ!


「早くせんと、そやつが死ぬかもしれんぞ」


 へいへい、俺が抱えればいいんでしょ!

 臭っ!

 なんか、こいつ、トイレっぽい臭いがするぞ!


 抱えあげた茶色の布から見えた小さな頭には、三角耳があった。

 やけに軽いそいつを抱え、足早に歩きだしたルシルを追う。

 やれやれというジェスチャーだろう、ゴリアテは両手を広げ肩をすくめていた。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る