第94話 包囲(中)

 国王直属の秘密組織『黒狼』の一人、『犬』は下町の裏通りに面した、小さな一軒家を監視していた。

 彼自身のユニークスキルで、その家までたどり着いたのが昨日で、五人の仲間に連絡を取り、そこを包囲するのに今まで掛った。

 すでに周囲は夜のとばりに覆われている。

 彼らが任務中着用する黒い衣装は闇に溶け、すぐ前を誰かが通ったとしても、そこに人がいるとは誰も気づけない。

 

 チチチゥ


 鼠が鳴くような音がする。

 それは『黒狼』だけに通じる、特別な合図だ。


『家の中に二人いる』 

『両隣の家は、無人』

『次の鐘を合図に踏みこむぞ』


 そんな符牒が闇を飛びかう。

 子供といえる年齢の対象二人に、こちらは凄腕が五人だ。

 なに事にも慎重な『犬』だが、目標の確保は時間の問題に思えた。


 ◇


 秘密組織『黒狼』に気づかれず、グレンの家を監視している者たちがいた。

 いや、彼らが監視を始めたのは、『黒狼』よりずっと前だった。

 ミリネがこの家に移ってから、ずっと見張っていたのだから。

 教会に属するこの組織は、ミリネを捕え教会まで連れていく使命を帯びていた。

 彼らが、この時まで二の足を踏んでいたのは、家の中に対象外の少年がいて、彼が邪魔だったからだ。

 

 教会からの指令が、に少女を確保せよ、とのものだったから、彼らは少女が一人になるタイミングを見はからっていたのだ。

 あいにく、この日まで少年が一人で外出するようなことは無かった。

 そのため、ずっと監視を続けるはめになってしまったのだ。


 ところが、この日、陽が落ちてから、明らかに素人ではない集団が、監視中の家を包囲した。

 これは、一刻を争う。

 

 教会の暗部『夜明けの光』は、得体の知れない集団が、家に侵入した時を待ち、彼らを排除し、少女を確保しようと狙っていた。


『邪魔者が扉に取りついたぞ』  

『我らの方が数が多い。一人一殺だ』

『いや、殺さず捕えろ』

『周囲に遮音の結界を張るのを忘れるな』


 彼らの通信方法は、『黒狼』のものより優れていた。

 魔道具を通して、念話をおこなっているのだ。

 古代のアーティストを研究して生まれたこの技術は、教会だけが独占しているものだ。

 そして、『黒狼』同様、彼らも、自分たちの任務が失敗するなど、夢にも思っていなかった。


 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る