第88話 ミリネの不安

 グレンが学院を去ってから、ミリネはずっと落ちつかなかった。

 どこか頼りないところがある、黒髪の少年がなぜか気になるのだ。


「私はグレンのお姉ちゃんみたいなものだから」


 世界間の時間スケールを無視するなら、グレンの方が一つ年上なのだが、それは彼女の知るところではなかった。

 彼に魔術を教えたのが自分だという思いこみが、心の底にあったのかもしれない。


「ねえねえ、この前、『剣と盾』が来たじゃない」

「ええ、コウチャンさん、カッコよかったなあ!」

「私は断然、メイリーン先輩だなあ」

「でも、先輩は女――」

「ああっ、私に恋の魔術を掛けてくれないかしら!」


 同級生のたわいない会話にも、なぜか心がかき乱される。


「そういえば、このクラスを辞めたグレンだっけ? あの黒髪のヤツ、なんで『剣と盾』と一緒にいたのかしら?」

「なんでも、臨時のパーティメンバーとして入ったんだって」

「どうしてそんなこと知ってるの?」

「ふふふ、お姉ちゃんがギルドで働いてるの。それでね、まあ間違いだとおもうけど、あの黒髪が魔術で魔獣を倒したらしいの」

「ふん、せいぜいホーンラビットでしょ?」

「それが、フォレストボアの特殊個体だったそうよ」

「フォレストボア! 馬鹿ね! そんなことあるわけないじゃない!」


 グレンが魔獣を倒した?

 ミリネは、迷宮都市クレタンへの途中、森の中でフォレストボアに襲われたことを思いだした。

 あのときも、やはりグレンがフォレストボアを?!

 彼女はそれを確かめることにした。



 ◇


「ルシル先生、グレンはどこにいますか?」


 放課後、学院に来ても続いているルシルとの個人授業前に、ミリネは彼女に話しかけた。


「安心しろ。ヤツには、私が寝床を与えてある」


「それはどこですか?」


「……お前、アヤツの事が気になるのか?」


「いえ! た、ただ、ちゃんと生活できてるかなあと……」


 次第に小さくなるミリネの声を聞き、ルシルが笑った。


「ははは、ヤツは大丈夫だ。今では友人も一緒だしな」


「えっ? ゆ、友人って女の人ですか?!」


「なにを興奮しておる。ヤツの友人と言えば、黒いフクロウのことだろうが。ミリネ、お前、もしやアヤツのことが――」


「あー、もういいです!」


「そうか、それなら、明日、私はグレンの所へ行くが、お前は一緒に来ないな?」


 ルシルは意味ありげな笑みを浮かべ、ミリネを見つめている。


「い、行きますよ! 私は、アイツの保護者みたいなものですから!」


「ほうほう、まあよいだろう。では、明日休養日、明け方、二つの鐘に学院の正門前に来い」


「分かりました」


「そうと決まれば、ここで授業は終わりとしよう。明日は早いからな」


「はい」


 ルシルは、ミリネの頭にぽんと手を載せると、廊下へ出ていった。  


「明け方、二つの鐘ね」


 そう言ったミリネの尻尾シッポは、元気よく左右に振られていた。

 



 

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