第84話 騒ぎ

 まき上がった砂ぼこりでまっ白になった俺がふもとの村まで降りると、家から出てきた人たちが、山の方を指さし騒いでいた。


「や、山が噴火した?!」

「ドラゴンが暴れてる?!」

「まん中の山が無くなってる!」


 そう、『三つ子山』と呼ばれる三連山の中央にあった山がその姿を消していた。


「あんた、山から降りてきたのかい?」


 農民っぽい服を着たおばさんが、頭に載せた麦わら帽を手で押さえ話しかけてくる。

 山の方から、強い風が吹きおろしている。


「ええ、まあ」


「山で何があったか知らないかい?」


「いえ、凄い音がして、この有様です」


 かぶった砂で白くなった、自分の服装を手ではたく。

 服から舞った埃は、風でおばさんの方へ流れた。


「ごほっ、ごほっ、あんた、命があっただけでも、めっけもんだよ。山が丸ごと無くなるなんて、いったい何が起きたんだろうねえ」


「俺にも、見当がつきません」


 なんとかごまかすと、その場を離れる。

 

「大変だよ、大変だよ」


 背中越しに、おばさんのそんな声が聞こえてきた。

 その日、村に来るはずだった駅馬車は結局姿を現さず、俺は農家の納屋を借り、そこで一晩を明かした。



 ◇


 次の朝、決められた時間に駅馬車が来なかったので、一時間ほど歩き、比較的大きな集落で、やっと馬車をつかまえることができた。

 幌も無い馬車の荷台には、ぎっしり人が乗っていた。

 

「ハンスさん、あんたもかい?」

「ああ、何かあってからでは遅いからね」

「そりゃ、そうだ。うちも、この子がいなけりゃ、もう少し村で様子を見たんだが……」

「メリーちゃん、怖くないかい?」

「うん! お父ちゃんとお母ちゃんと一緒だから、怖くなんかないよ!」

「ははは、いい子だねえ」


 そんな声が聞こえてくる。

 俺はバツが悪くて、荷台の隅で膝を抱え小さくなっていた。


 ◇


「おい、にいさん、にいさん」


 眠りかけていた俺は、肩を揺すられ目を覚ました。


「もう少しで、駅だぜ。降りるかもしれねえから、起こしたよ」


 人の良さそうなヒゲのおじさんが、俺を起こしてくれたらしい。

 

「ありがとう。俺、王都まで行くんです」


「なんだい、じゃあ、終点だな。起こしちまって悪かったな」


「いえ、気にしないでください」


「見たところ、兄さん冒険者だろう。どっから来たんだ」


 俺は『三つ子山』のふもとにある村の名を告げた。

 

「ほう、じゃあ、ドラゴンを見たのかい?」


「いえ、見てません」


「なんでも、山が一つ消えたそうじゃねえか。そんなことができるのはドラゴンしかいねえからな」


「そうかも知れませんね」


「あっちにいたなら、よく命があったもんだ。運がいいってのは、冒険者にとって大事な才能だ。兄さん、あんた、きっといい冒険者になるぜ」


「おじさん、冒険者だったんですか?」


「ああ、昔な。だが、これで辞めちまった」


 ヒゲのおじさんは、ズボンの裾をめくった。

 彼のすねには、大きな古傷があった。


「普通に生活するにゃあ不便はねえから、わしゃ幸せな方だよ」


 何も考えていなかったけど、冒険者っていうのは、危険が多い仕事だもんね。


「ケガのお陰でカミさんも持てたし、子供も二人できた。兄さんも、ひき時を間違えないようにな」


 おじさんは、俺の肩を軽く叩くと、立ち上がって荷台の前に席を移した。

 そこには、ふくよかな中年女性と、小学生、幼稚園くらいの子どもがいた。

 俺にとって幸せってなんだろう。

 馬車に揺られながら、そんな事を考えてしまった。





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