第18話 クレタンの冒険者ギルド

 迷宮の入り口を見た俺の気持ちは、我を忘れるほど高まった。

 ミリネが俺の口をふさぐほどだったから、あらぬことを口走っていたに違いない。


「もう! いったいなんなのよ! 『黒い炎』とか、『前世の記憶』とか!? めちゃくちゃ恥ずかしかったんだから」


 そう言ったミリネは、ほっぺをぷくりと膨らませた。

 あまりに可愛いから、ピンクのほっぺを人さし指でツンツンしたら、ひどく叱られた。

 そのせいか、俺がギルドに行くと言うと、もうあんな恥ずかしい目にあうのは嫌だと言って、彼女だけ宿へ帰ってしまった。

 偽名を使わないとならない彼女は、ギルドに登録できないだろうから別にいいんだけどね。


 クレタンの冒険者ギルドは、ダンジョンがある区画の隣にあった。

 間口を二軒分使ったレンガ造り二階建てで、凄く立派だった。

 両開きの扉を開いて中へ入ると、右手に木のテーブルが六脚もあったが、全て冒険者で埋まっていた。

 ごっついおじさんたちが目立つが、若い男女やケモミミがある人も少なくなかった。

 荒くれ者たちが口々に騒いでいるから、やけにうるさい。

 テラコスの街にあったギルドとは違い、俺に注目する人は誰もいなかった。


 三つある受付の一つに並ぶ。

 四人ほど待って俺の番になった。

 受付は、ブロンドの髪を腰まで伸ばした、若いお姉さんだった。


「こんにちは、グレンと言います。ええと、この街のダンジョンに挑戦したいんですが……」


「冒険者章は持ってる?」


 端に穴が空いた、小さな四角い金属板を渡す。


「テラコスギルドで登録したのね。討伐の記録は……まだないのね。ダンジョンに入る準備はできてるのかしら?」


「ええと、何が必要でしょうか?」


「大丈夫じゃなさそうね。初心者用のセットがあるけど、戦闘力がないと、すぐ死んじゃうわよ。どこかのパーティに参加するのをお勧めするわ」


 お姉さんは、心配そうに俺の方を見ている。

 彼女はきっと良い人なんだろう。


「初心者セットには、一階層の地図と簡単な防具が入ってるわ。買った人は、ダンジョンへ入る時の税金も、五階層まで免除されるわよ」


「ええと、いくらでしょう?」


「銀貨一枚ね」


 およそ一万円くらいかな? 高い。凄く高いけど、ダンジョンのためだから仕方ない。


「はい、これが初心者セット。では、幸運を」


 ◇


 宿に帰ると、ミリネは体に布を巻きつけ髪を拭いていた。

 布から出ている肩や足を見るとドキドキするから、目をそらす。 


「グレン、あんたも水浴びしときなさい。少し匂うわよ」


「ミリネ、それより聞いてよ! ギルドで初心者セットってやつ買ってきたよ!」


 初心者セットの布袋から中身を取りだし、自分のベッドに並べる。


「なにそれ、ゴミじゃない」


「えっ!? これってダメなの?」


「こんなペラッペラの小さな盾で、モンスターの攻撃なんて防げるはずがないでしょ」


 直径三十センチ足らずの木製の盾を指さしたミリムは、心底呆れたという顔をした。

 

「えーっ! じゃあ、この地図は?」


「一階層の地図? そんなの銅貨十枚で売ってるよ」


「えーっ!? じゃあ、銀貨一枚って凄く高かったってこと?」


「他に何かもらえなかった?」


「ダンジョンに入る時の税金が五階層まで免除されるって」


「へえ、いいじゃない。 確か、一回で銅貨十枚だったかしら。十回ダンジョンに潜れば元が取れるわね」


「よかったよ、お金が無駄にならなくて」


「でも、戦闘力もスキルもないのに、本気でダンジョンに挑戦する気なの?」


「当たり前だろ! だって、ダンジョンだよ! 目の前に山があれば登るだろ? ダンジョンがあれば挑戦するのは当然だよね?」


「なに言ってるのか、ワケ分かんない。でも、絶対に一階層だけだからね。あんたなんか、二階層に降りたら、すぐ死んじゃうんだから」


「うん、とりあえず一階層で様子を見て、それから二階層に挑戦する!」


「あんた、私の話、ちっとも聞いてないでしょ!」


 なぜかミリネに叱られてしまった。 

 

 

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