第2章 迷宮都市クレタン
第1部 クレタンのギルド
第16話 門番の心配
ダンジョン都市として有名なクレタンは、テラコスの街から東へ馬車で二日の位置にある。
都市の規模としてはそれほど大きくないが、それは元々小さな村だったところにダンジョンができ、そこから発展してきたという歴史があるからだ。
ダンジョンが生まれてからまだ十年余り、街はこれからさらに発展するだろう。
この街にはダンジョン目当ての冒険者が多く、つまり、それは荒くれ者が集まっているということでもある。
東西南北に一つずつある街の門には門番がいて、お尋ね者や盗賊の類が街に入らないよう見張っている。
ジンバルは、街が小さかった時から十年近く門番をしているベテランだ。
彼が見張る西の門は、今日も一日何事もなく過ぎた。
空を飛ぶ黒い影を目にするまでは。
その影は、沈む夕日を背景に、みるみる大きくなってきた。
「お、おいっ! 嘘だろう! なにかの間違いだよな!」
自分をごまかそうとしても、次第に大きくなるそのシルエットは、ある魔獣にまちがいない。
「おい、すぐにこっちへ来い!」
休憩所の中にいる若い門番に声を掛ける。
「あれ? もう門を閉める時間ですか? まだ日没まで少し時間があるみたいですけど」
「あれを見ろ!」
ジンバルが指さす先を若い門番が見た。
「なんか大きな鳥がいますね」
「お前は馬鹿か! あれはドラゴンだ!」
「ええっ!? でもこの辺にはドラゴンの
「ああ、ドラゴンはレッドマウンテンの辺りに棲んでいるって言われてる」
「やっぱり大きな鳥じゃないんですか?」
「見たことあるんだよ」
「えっ?」
「ガキの頃、行商するオヤジに連れられて、山岳地帯の麓にある街へ行った時、ドラゴンを見たことがあるんだ」
「げっ! じゃあ、あれって本当に!?」
「おい、すぐに物見やぐらに登って
「は、はいっ!」
若い門番が転びながら走っていく。
「今日がこの街の最期かもな」
沈みゆく太陽に浮かんだ黒い影は、不吉以外のなにものでもなかった。
西門を閉じるため、ジンバルは門の開閉装置がある小屋へ駆けこんだ。
◇ ― グレン ―
「おー! 街が見えてきた! あれがクレタンかな?」
街の方から、鐘をつくような音が聞こえてくる。時刻を告げる鐘にしては、鳴る数が多いな。火事だろうか?
『街の中などに降りると人族が慌てるだろう。どこか近くに降ろせばよいな?』
ママって意外に気づかいのドラゴン?
「まあ、それでいいですよ」
『なんだ、その不服そうな態度は?』
「いやあ、この格好ですからね、また裸に近いなあと」
猪の攻撃を受けたせいで、服がビリビリに破れ、ある種の人が見るとかえって興奮するような姿になっていた。
『それは我の預かり知らぬところだ。次は死にかけるようなことがないよう、ダンジョンの街で己を鍛えるのだ』
「へいへい。しかし、なんで俺が危ないって分かったんです?」
『紋章だよ。お前の右手にある紋章は、お前の命が危険にさらされると我にそれを教えてくれるのだ』
「へえ、便利ですね」
これのおかげで命拾いしたのか。
俺は右手の甲に浮かぶ青い紋章を撫でた。
ドラゴンママは、意外に子供を大事にしているのかもしれないね。
『では、この辺で降ろすぞ』
「えーっ! まだ街まで遠いじゃない!」
『我らドラゴンが人族にどれほど恐れられているか、お前は分かっておらぬのだ。街の近くなどに降りたら、住民がこぞって逃げだすぞ』
「そうなの? じゃあ、仕方ないね。
『ウンチャンとはなんだ? では降りるぞ』
高度を下げたドラゴンママは、街へ続く道の上、二メートルほどのところで俺を離した。
なんとか転ばず、着地を決める。
まだ意識のないミリネが落ちてくる。慌てて彼女を受けとめた。
「ママー、助けてくれてありがとう!」
ホバリングしているドラゴンママに向け手を振る。
『強くなれ、我が子よ! そして、その娘を守ってやれ』
そう言いのこし、黒竜は飛びさった。
「う、ううう……」
「ミリネ、気がついた?」
「グレンっ!」
ミリネが俺の首に手を回し、ぎゅっと抱きついてきた。
猫耳が目の前に!
「し、死んだかと思った。夢にドラゴンが出てきたわ」
どうやら、彼女、気を失う前にママの姿を目にしたらしい。
「もう大丈夫だよ」
「フォレストボアは? あれ? ここどこなの?」
「あそこ見て。門が見えるでしょ。あれ、クレタンの街だよ」
「えっ!? あれって確かににクレタンの街だね。じゃあ、グレンが私をここまで運んでくれたの」
「いや、たまたま親切な知りあいが通りかかってね。彼女に頼んだんだ」
「へえ、馬車を持ってる知り合いがいたのね。どんな女の人?」
「ははは、それは秘密。そのうちに教えてあげるから」
「隠さないで教えなさーい!」
俺とミリネは、じゃれ合いながら街へ向かった。
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