第14話 死闘(下)


 全長が二メートル近くもありそうな大猪は、ミリネを狙うことにしたようだ。

 猪の前で、小さな炎がゆらりと揺れる。ミリネの魔術だ!

 前進する猪は、眉間の辺りでその火を受けた。


「ブヒンッ!」


 そんな声を上げた猪は、頭を下げ、右前足でしきりに鼻の辺りをかいている。


「ミリネ、今のちに逃げよう!」


 ミリネの手をとり、木々が密集している方へ引っぱる。

 最初は動こうとしなかった彼女だったが、やっと一緒に走りだした。


 ガサリ


 向かっていた木立から、さっきより一回り大きな猪が現われる。

 ええーっ! そりゃないよ!

 足を停めたミリネが、しゃがみこんでブルブル震えている。彼女の三角耳が、頭の上でペタリと垂れていた。


 こうなれば、俺が二匹とも狙いタゲを取ってひきつけ、ヤツらをミリネから離すしかない。

 足元に落ちていた枯れ枝を拾うと、大きい方の前に立つ。

 左側に回りこみながら、三メートルはあろうかというヤツの体に枯れ枝を叩きつける。

 近寄ると壁のように見えた猪の毛皮は、枯れ枝をへし折り、少しの傷跡も残さなかった。

 ただ、やつの注意だけはひけたようだ。

 赤く光る大きな目が、俺を睨みつけている。

 

「ミリネっ! 木に登れっ!」


 そう叫び、さっきミリネから攻撃を受けた方の猪へ向け走りだす。

 怖い! めちゃくちゃ怖い!

 でも、ミリネがやられるかもしれないと思うと、自分でも思わぬ勇気が出た。

 小さい方の猪に、まだ手にしていた枯れ枝の残りを投げつける。

 それが上手いこと口の辺りに命中したのを見届けたとき、背中にもの凄い衝撃を受け、はじき飛ばされた。

 空と地面が交互に見えるのは、体がくるくる回っているからだろう。

 

 ガサササ


 草の茂みに落ちたらしい、俺の体はいたるところ激痛が走っている。

 右手と右足が変な方向へ曲がっているから、動くのはもう無理だろう。

 近くでブヒブヒという音が重なっているのは、二匹の大猪が近づいているからだ。

 猪の獣臭い匂いがする中、俺の頭は妙に冷静だった。

 そして、せっかく異世界へ来たのに、食堂の手伝いくらいしかすることもなく、ここで死んでいくことに気づいた。


「な、なんでだよ!」


 俺の死因、最初は滑って転んで二度目は猪って、どんだけカッコ悪いんだ!

 激痛をも超える猛烈な怒りがこみ上げてくる。それは、以前ミリネが死にかけたとき感じたものに近かった。


「おいっ! 神っ! お前、聞いてんのかっ! ふざけんなっ! 失恋、転んで死亡、猪の三連コンボってなんだよっ! 地獄の業火に焼かれちまえっ!」


 ゴウッ


 目の錯覚か、仰向けになった俺の視界に、天まで立ち昇る赤黒い炎が見えた。

 そして、無意識の闇が俺をのみこんだ。


 

 ◇ ― ミリネ ―


 しゃがみこんで動けなくなった私は、グレンの叫び声を聞いた。


「ミリネっ! 木に登れっ!」


 でも、少しも動けなかった。

 グレンが凄く大きなフォレストボアに背後から跳ねあげられても、地面に落ちた彼に二匹の魔獣が近づいても、全く動けなかった。

 グレンが魔獣に食べられる。

 その絶望が私を襲ったとき、彼の叫び声が聞こえた。


「地獄の業火に焼かれちまえ!」


 二匹のフォレストボアは、地面から噴きあがる赤黒い炎にのみこまれた。

 なっ、なんなの……?!

 グレンの方へ行こうと、ゆっくり立ちあがったとき、周囲に影が差した。

 空を見上げると、巨大な何かが陽の光をさえぎっている。

 あの形は知っている。ドラゴンだ。でも、なんでこんなところに……。

 恐怖のあまり地面へ倒れながら、私は意識を失った。


 


 

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