第3話 剣と盾亭

 ドラゴンママは右前足で俺をつかみ、木が生えていない赤茶けた山々の上を飛んでいく。やがて広い森林地帯を越え、緑の草原、そして街らしきものが見えてきた。

 やがて、草原の中をまっ直ぐ伸びる道の脇に、ふわりと着地する。


『ではな、我が子よ。強くなれ』


「えっ? 服は?」


 俺の質問に答えもせず、ドラゴンママは飛びたってしまった。

 全裸で草原に立つ俺。


「な、なんじゃこりゃーっ!」


 大声で叫んだフリ〇ンボーイを、誰が責められるだろう。


 ◇


 じっとしていてもしょうがないので、草原から道へ出る。 

 砂ぼこりの舞う道は舗装されておらず、土がむきだしだった。それでも、草原よりは歩きやすい。

 ただ、小石を踏んじゃうと足の裏が痛いんだよね。


 そういえば、ドラゴンママ、自分の名前も教えてくれなかったなあ。

 よく考えたら、俺も名乗ってないじゃん。

 こりゃ、もう二度と会えないね。

 あのセリフ、『竜の血よ』って、もう一度だけ聞きたかったなあ。

 もしかすると、この世界なら、【中二病】の俺でも生きやすいかもしれないな。

 そんなことを考えていたら、荷馬車が通りかかった。この世界にも馬っているんだね。

 あ、でも、この馬、短い角が二本生えてるわ。


「どうどう! おい、あんた、どうして素っ裸なんだい? 盗賊にでも襲われたのかい?」


 御者席には、キセルのようなものをくわえ、麦わら帽子をかぶったおじさんが乗っていた。

 西洋人っぽい顔つきだね。


「えーと、はい、そうです」


 ドラゴンの卵から生まれた、なんて言っても信じてはもらえないだろう。

 

「可哀そうになあ。街まで連れてってやるよ。さあ、乗った乗った」


「ありがとう」


 干草や樽が積んである荷台の端に腰掛ける。

 おじさんは、親切にもバスタオルサイズの布を手渡してくれた。なにかの袋らしいその布を腰に巻きつける。 


 だけど、おじさんの言葉、なぜだか理解できるんだよね。

 ドラゴンなんてモノがいるから、どう考えてもここは地球じゃない。当然、そこに住んでる人の言葉なんて分からないはずなんだけど。

 まあ、便利だからいいか。それより、街に着いたらどうするか、今のうちに考えておかなくちゃね。


 ◇


 馬車のおじさんが門番の人に事情を話したからか、特に質問などされず、あっさり中世ヨーロッパ風の街へ入れた。

 門番の人が可哀そうなものを見る目で俺を見ていたのが印象に残った。この世界でも、やっぱりあんな目で見られるのかって少し落ちこんだ。


 おじさんは、俺を知りあいの宿屋に紹介してくれた。『剣と盾亭』という勇ましげな名前の古びた宿は、めちゃくちゃごっついハゲのオヤジがやっていて、中学生くらいの、やけにカワイイ女の子が手伝っていた。


「ゴリアテさん、皿洗い終わりました」

 

「じゃ、次は床の汚れをこれで落としな」


 主人のゴリアテさんは、休息する間もなく、俺に仕事を言いつけた。俺はただで泊めてもらう代わりに、宿を手伝っているのだ。


「グレンさん、これどうぞ」


「ミリネちゃん、ありがとう」


 汗を拭っている俺に、ミリネが陶器のコップを差しだす。一気に飲んだそれは、少し炭酸が入っていて甘酸っぱく、後味が爽やかだった。ちょっといい気分になったから、もしかしたらアルコールが入っているのかもしれない。 

 目がクリッとしたミリネは、愛嬌がある顔で、ゴリアテさんの娘なんてとても思えなかった。

 だいたい、彼女には本物のケモミミとシッポがついているのだ。



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