19
「ゴメス」はまさか本名ではないだろうが、ゴメスと呼ばれるのも無理からぬ人相をしていた。またゴメスと呼ぶのが当然だと思えた。
「やす、どうしよう」ゴメスはうなだれてがっくりきていた。
「学校休めばよかったのに。もうみんな知ってるぞ。だいぶ言われただろ?」
「いや、直接は誰も言ってこないけど。マジでつらいよ、なんでこんなことになっちまったんだろう」
「相手はどこのクラス? 今日は学校来てないだろ」
「クラスは知らんけどソフトボール部」大きなため息をついて両手で顔と髪をこすってる様子は風呂にでも入っているようだ。
「相手の子E 組だってよ」ゴメスは恨めしそうに成瀬さんを見たが、それがどうしたとは言わなかった。「ていうかさ、カンチョーされたコの方がつらいよ」成瀬さんは至極もっともなことを言ったが、何もこのタイミングで言わなくてもいいじゃないかと自分は思った。しかしゴメスは「そうだな」と元気なくつぶやいただけだった。まったく自分は関係ない、痛くもかゆくもないこの話題ながら、ゴメスの落ち込みぶりは心にせまってくるものがあった。この図体、この人相で落ち込まれると、訴えてくるものがある。
「ほんとにケツから血ぃ出たの?」栗山さんの発言に男三人多少の驚きはあったが、自分もやっさんも笑わなかった。「たぶん出てないと思うんだよなー、分かんね。もう泣かれちゃってさ、どうしていいか…、いっしょにいた奴はギャーギャー騒ぐしよ、お前にカンチョーしてねーだろって蹴っ飛ばしてやろうかと思ったわ」実に、惨劇の様子が目に浮かぶようだ。「でもねー、あたしだってその場にいたら騒ぐと思うよ、騒ぐどころかって話よ、香織もそうでしょ?」
「ま、ありえない話だよ。いきなり男にカンチョーされるって。反省した?」
「してるよ! わざとじゃないし、ずっと謝ってたんだけど、もうすごい泣かれちゃって、うずくまってほんと子供みたいに泣いてて、涙がすごくてジャージの色がどんどん変わるんだよ、俺もちょっと泣いちゃったよ」ゴメスは思い出して再び泣き出しそうになっていた。
「血で変わったんじゃなくてよかった」成瀬さんの言葉をやっさんと自分は苦笑いで制した。
「だいじょぶ、たぶん血は出てないよ。痛かったよりもびっくりしたとか恥ずかしかったとかの方が大きいと思う」栗山さんの言葉は優しさに満ちていてゴメスをいたわろうとしていた。「指だって血ぃついてなかったんでしょ」
「ついてなかった」
「じゃぁだいじょぶだよ」
かつて聞いたことのない栗山さんの慈愛に満ちた声は関係のない自分をも潤した。この声を向けられた相手がなぜ自分ではないかと思ったぐらいである。「そうだそうだ、だいじょぶだいじょぶ」と、やっさんはゴメスの肩をバシバシ叩いた。
「後はちゃんと謝ってさ、許してもらいなよ。相手の子だってあんまり休むと来づらくなるしね。もう、今日謝りに行かなきゃだよ」成瀬さんも後押しした。
「そうだな」ゴメスも少しは元気を取り戻した様子だ。「今から行くか」
今から――?「え、授業どうすんの?」素朴な疑問を口にするのが自分の務めである。
「早い方がいいだろ、てか、お前誰だよ」
自分はゴメスの物言いに頭が来たので返事をしなかった。ゴメスの方も不機嫌ながら不問にしたらしい。やっさんが間に入ろうとした。
「あんたも行きなよ」栗山さんはいつもの調子で言った。あの慈愛に満ちた春の陽ざしのような声は遥か思い出の中である。
「俺が? なんで?」
「あ、それいい、三上氏ついってってあげなよ、一人じゃ不安だよ。よかったねゴメス、三上氏ついってってくれるって」
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