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「三上君、帰り? 俺も俺も。今怪我中だから。なんか新鮮だな今会うのって。」


「駅まで一緒に帰りますか?」


 自分が誘うと楢本さんもその気だったようで連れ立って歩いた。楢本さんは歩くのに若干不自由そうな様子だったが、それすらも慣れているようだった。足首には氷嚢がぐるぐると乱暴に縛り付けられている。怪我が勲章に見えるというのはこのことだ。思い出してみると、小さいころにも似たような感情を覚えたことがあった。他人の怪我を見ることで自分の脆弱さを照らされたような気になるのは、自分にもまだ男としての本能が残っているのかもしれない。恐ろしいのは、これがはっきりと目に見えないくせに減っているのが分かるのだ。このままいくと、自分は男らしさというものを全部吐き出してしまいそうな気がする。


楢本さんはグランドの方を眩しそうに眺めている。実際グランドはもっと茶色い印象があったが、太陽の光も手伝ってか白々と光っていて砂浜のようでもあった。


「けっこう眩しいもんですね」


「な。意外とまぶしいんだよ」


「今日はすごいことがあったんですけどね、ついに栗山さんにブチキレされましたよ。」


「なんで? なにしたの三上くん?」


「いや寝てただけなんですよ。」


「それだけで? いびきでもかいてたの?」


 楢本さんの第一感もやはりいびきであることに自分は安堵の気持ちを覚えた。うるさい訳ではないのに怒られるとは相当深刻な状況でもあるようだ。今日のことを話すにあたって成瀬さんとの約束を忘れていたわけではないが、学年も違うのでたいして問題にはしなかった。栗山さんが激昂した理由を楢本さんにも推理してもらうつもりでいたが、楢本さんはその前に成瀬さんの顔をどうしても見てみたいらしかった。


「それで、成瀬さんも可愛いの? 三上君?」


「いや、まぁ可愛いと思いますよ」


「三上君はええかっこしいだからな、女の採点が甘いんだろう。実際はたいしたことはないとい見た」


「なんてことを、ひどすぎますよ。そんなこと言って栗山さんの時だって見にきてめっちゃ感動してたじゃないですか。成瀬さんだって見にきたらきっとまた感動するんですよ、たぶん、女の採点が甘いのは楢本さんの方と見ましたよ俺は。」


「じゃ、明日見に行くか。そうか。三上君が感動するということはそうとうかわいいんだな。三上君が感動ねぇ。そうか、三上君、感動したか! もし可愛かったらもう三上君を許せなくなりそうだ。周りに可愛い女ばっかいてしょっちゅう話しかけられてんだからな。それでクールじゃもうわしゃ腹たつぜ。」いつのまにか自分が感動したことになっていたが、楢本さんと会話がかみ合わなくなることはいまや珍しくないので気にしない。


「別に俺クールじゃないっすよ。これで恋バナにならないからなー。これで俺以外の男だったら恋愛モードになるんですよ。ところが俺はならないと。誰も言わないから自分で言うけど、これが俺のいい所ですよ、楢本さん」


「まったく意味がワカラネー」


「栗山さんはなんであんなに怒ってるんだと思います?」


「そりゃ寝てるからだろ。」


「でも、あそこまで怒るかな…普通?」


「直接聞くか、これは。聞いてみるしかないよ三上君。聞こう聞こう」


「絶対やめてくださいね。楢本さん。俺、下手したら学校いられなくなりますよ」


「そん時はそん時だ。」


 楢本さんはこちらの心配をまったく理解していないのが心底恐ろしかった。自分は今さらになって、学年が違うとはいえ、成瀬さんとの約束を軽い気持ちで守らなかったことを後悔していた。不安な気持ちを静めるように心の中では学年が違うから大丈夫だろうと繰り返していた。

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