3.無言の刻

真っ当な考えがどこかに落ちていないかと真面目に考える そういう人生に ちょうど嫌気が差してきたところだった

でもそれを誰かに言っても 「馬鹿みたい」とか「阿呆らしい」とか言われるだけと承知していたから 誰にも何も言わないように心掛けていた

つまりはだんまりを決め込んでいたのに それが気に食わなかったのか 頭ごなしに怒鳴られる有様

それでも口を噤む その理由は無論真っ当な考えなどからではなく 心掛けた「誰にも何も言わないように」を全うしようとした結果

そんな己の愚かさを恥じるだけ恥じて あとは後悔に身を任せるような 男らしくもない男の心中は 女女しいくらいに涙に濡れていた


いざ言いたいことを言おうとしても きちんきちんと言の葉を認めてはいても 舌の根が乾いてしまってはどうしようもない 

誠に遺憾ながら・・・ というその思いだけ内に抱えて また黙し また同じ有様 「馬鹿みたい」で「阿呆らしい」がどうしようもない


またとない人生を送っている最中なのに はにかむ程度にも笑えないでいる 口元を引きつらせても笑ったことにはならない

そんな時は 口から出まかせでも何でも 何か可笑しなことを言って自分を笑わせられたらいいのに 誰にも何も言わないように――

まさか「誰にも」の中に自分も入っているとは 如何な自分では気付けないもので いつまでも口元を引きつらせながらひとり涙に暮れていた

直に日も暮れ いつしか人生が終わりに近づいていることを知るや否や どこからか真紅の死装束を出してきて袖を通すばかりか襟も正す

そうして馬鹿正直に横たわるのが阿呆のさが しんと静まり返った奈落の底で形骸と化したが 口は一文字に結んだままでいた

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