第5章36幕 試験<exam>

 ジャイナスについて行き、訓練場へと到着します。

 「じゃぁまずは一番を引いた……エルマだっけ? 前に出て」

 ジャイナスに呼ばれたエルマが一歩前に出ます。

 「こちらは歳の順でいかせてもらうから。兄さん」

 「おう」

 向こうはレクレールが一歩前に踏み出し、ポキポキと手を鳴らしながら腰の剣の柄に手を添えます。

 「勝負のルールね。君たちは3分以内に倒せたら勝ち、こっちは3分死ななければ勝ち。いいかな?」

 「それで大丈夫だけど、一ついい?」

 「なんだい?」

 「途中で武器を変えたりしてもいい?」

 大事な質問です。

 プレイヤー同士によるPvPですと、武器を変更するスピード等も技術の内なので当然ですが、NPCにその感覚は薄いです。NPCは一度持った武器を基本的には死ぬまで手放しませんから。

 「かまわないよ。その時間があるならね。準備ができたら線の上に立って」

 てくてくと歩きながらエルマが線の上に立ちます。

 するとジャイナスが右手をあげながら様子を確認します。

 「大丈夫」

 「俺もだ」

 二人の方に顔をもう一度向け、再確認したジャイナスが右手を振り下ろしながら宣言します。

 「はじめっ!」

 声がかかった瞬間エルマは腰に付けている拳銃を抜き、レクレールの眉間へと発射します。

 「≪ファイヤー・ショット≫」

 タンと軽い音を響かせるエルマの拳銃が一瞬光り、銃口から発射された火属性の弾がいとも容易くレクレールの眉間を貫通します。

 私達から見ても完璧なヘッドショットでした。

 ですが、私達には戦闘経験が多すぎました。

 こうも簡単に眉間をぶち抜かれる相手はまずいません。なので≪変わり身≫などの身代わり系スキルの可能性を考えてしまいました。

 それはエルマも同様で、すぐに拳銃をしまい魔法剣を抜刀し、さらに精霊を召喚しました。

 「姿を隠しても無駄だよ! ≪ハイフレイム・フィールド≫っ!」

 エルマは精霊魔法で周辺の温度をじわじわとあげて行きますが、その目の前に結界によって生き返ったレクレールが立っていました。

 「はぁっ?」

 きょとんとし、魔法剣をカランと床に落としたエルマは、MPやENの供給も忘れたようで、精霊の召喚すらも解除していました。

 「完敗だ。恐ろしく強いんだな」

 レクレールは両手を上にあげ、降参を表しながら、元の位置に帰っていきます。


 とことこ歩いて戻ってきたエルマを労っていると、エルマがぽつりと言いました。

 「あたしが強いんじゃなくて、向こうが弱いんじゃない?」

 ええ。そう思います。


 「すまない戦闘順を変えたい。僕は二番目にやるつもりだったけど、三番目でいいかい?」

 何を勝手なことを、と思いますが、別にちゃんとした試合ではないのでこの際どうでもいいでしょう。

 「ワタシは構わないよ」

 「マオも、構わない、わ」

 二人がそう答えると順番が変更されました。

 元々マオが2番目でジャイナスと戦う予定でしたが、対戦相手がハンレンサルに変わります。

 「無理言ってすまない」

 「別に、いいわ」

 「一戦目と同様だ。準備ができたら線の上に立って」

 「いい、わ」

 「いい」

 「はじめっ!」

 一戦目と同じ掛け声がかかった瞬間ハンレンサルは鞭のようなものを取り出し、マオに向かって振るいます。

 「≪ウィンド・プロテクション≫」

 マオが自分の周辺に気流を起こし、ハンレンサルの鞭を弾き返します。

 ここ最近マオは【傾国美人】に頼らない防御を固めていました。結果一度や二度なら私やステイシーの魔法を防ぐ程の防御力を得ていました。

 余談ですが、私はマオと模擬戦をすると【傾国美人】の効果を使われたら結構な確立で負けています。

 そしてマオが【傾国美人】のスキルに頼らない防御をあげていた理由がこれです。

 「≪ジェット・カット≫」

 【傾国美人】のスキルでは代償として視覚を失います。つまり攻撃手段がほぼなくなってしまうということになります。こちらは今、【侍】系統の【称号】を獲得し、≪心眼≫を用いることで解決するつもりですが、如何せん≪心眼≫の情報が少なすぎて、手が付けられない状況となっています。

 ただあの程度の攻撃しかできなければマオの防御は崩せないので、スピード重視の扇子スキルで瞬殺です。

 結果も予想通りの瞬殺で、蘇生してきたハンレンサルが驚愕の顔でマオを見ていました。


 「実戦練習に、ならなかった、わ」

 「まぁそうしょげてはいけない。不完全燃焼だったならあとでワタシが相手をしよう。さて次はワタシの番だね。行ってくるか、と言いたいところだけど、この結界を壊しかねないから≪銃衝術≫の使用が躊躇われるね。ということでチェリー」

 「ん?」

 「アレを貸してくれるかい?」

 「あっ。アレね?」

 私とサツキがニヤリと笑みを浮かべます。

 サツキが要求しているのは〔灰燼鼠 ダレット・スチューチュー〕という可愛い名前の〔ユニークモンスター〕から落ちた素材で作って貰った玩具武器です。

 その名を【灰燼鼠 ボム・ダレット】。

 ただの無限花火です。

 飲み会の時に大活躍なこれはスキルに≪爆音≫というものがあります。恐らくはそれを用いるのでしょう。

 「はい」

 私がサツキに手渡すと、受け取ったサツキはより笑みを深くし、私に言ってきます。

 「ちょっと面白い使い方を思いついたから見ておくといい」

 サツキがこういうときは本当に面白いものと心の底からつまらない物の両極端なので少し心配です。


 「さぁいつでもいいよ」

 サツキは右手に市販品の魔銃を握り、ジャイナスからは見えない様に左手に無限花火を持っています。

 「準備は良いか?」

 ジャイナスから審判を変わったレクレールが声をだします。

 「大丈夫さ。ちなみに俺は結構、強いよ」

 「はじめぇい!」

 レクレールの声が響いた直後、バーン、と爆音が響いきジャイナスがパタリと倒れました。


 「やはりうまくいったね」

 ニヤニヤしながら帰ってきたサツキが私に無限花火を返してきます。

 こちらで集まって話をしているとジャイナスが話しかけてきます。

 「いま、何をしたんだ?」

 「逆に聞こう。何をされたと思ったんだい?」

 サツキに聞き返され、ジャイナスは少し考えてから言いました。

 「右手の銃で撃った?」

 「不正解だね。ワタシはこの魔銃を使っていない」

 「じゃぁなぜ俺は負けたんだ?」

 「ふむ。では一から説明しよう。まず開始の合図の後に爆音がなったね? バーンという」

 サツキが物分かりの悪い子に説明するかの様に語り始めます。

 「あぁ」

 「あの瞬間、ジャイナスは撃たれたと思っただろう?」

 「あぁ。でも完全にガードはしていたから死ぬほどのダメージではないと思っていた」

 「それがそもそもの間違いだ。私は撃っていない。音を立てただけだ」

 「どういうことだ?」

 まだわからないのか、と言いたげな表情とは裏腹にサツキは丁寧に説明します。

 「爆音を立てて、撃たれたという錯覚を植え付けたのだよ。それに≪幻覚≫≪幻痛≫を合わせ、≪増幅≫させただけだ」

 よくPvPで用いられる、幻影戦法の説明ですね。

 「つまり、撃たれたと錯覚したジャイナスが勝手に痛みを感じ、倒れた……ショックで死んだ。というわけだ」

 一通りの説明を終えたサツキがクルリとこちらに振り向き、チロッとベロを出します。

 まぁ嘘も方便ですからね。

 実際、サツキは≪幻覚≫も≪幻痛≫も使わずに倒していました。

 使ったのは無限花火の≪爆音≫と≪音圧≫、そして≪増幅≫でした。

 爆音をならし、その音圧で倒れたジャイナスが後頭部を打ち付けるダメージを≪増幅≫したという非常に単純なものでした。

 「まぁこのくらいはいいだろう。何せ受けるとも言っていないクエストの試験だからね。正直なところうま味がなければクエストは遠慮したいくらいだ」

 サツキの言う通りなんですよね。


 総隊長室に戻ってきた私達は、ジャイナスからクエストの話を聞かされることになりました。

 「君たちに頼みたいのは、周辺モンスターの駆逐だね。如何せん市民が襲われる事が多い。そしてそのモンスターは非常に強い。中でも強いのは〔煉獄龍 ヴォルカイザル〕、〔ユニークモンスター〕というやつだ。それの討伐を頼みたい」

 おっ? 〔ユニークモンスター〕討伐ですか。しかも龍。これはそこそこ美味しいクエストになりそうですね。

 私達は顔を見合わせ、一斉に受けることを宣言しました。

                                      to be continued...

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