第7話 源 実朝や静御前の想いが遺っている場所

 500メートルに及ぶ鶴岡八幡宮の参道・段葛だんかづらを通り抜けた私達は、三ノ鳥居を潜り抜けた後、横目で太鼓橋を見ながら先へと足を進める。

「何でも、この太鼓橋。創設当初は朱塗りの橋だったらしく、”赤橋”と呼ばれていたそうですよ」

横から太鼓橋を見ながら、テンマが解説をする。

「しかし、かなり勾配が急だなー…!」

「本当!鎌倉時代以降の人は、和装のままこの橋を渡っていたんでしょう?大変そうよねぇ…」

テンマの解説を聞く一方で、橋を見た健次郎と裕美が各々で感想を述べる。

彼の言う通り、その橋は勾配がとても急で、スニーカーを履いている私達ですら、通るのには手こずりそうだろう。ただし、現在は柵があるため、参拝者は橋を登れないようになっているのであった。


 その後、表参道から見て右側にある源氏池。そして、左側にある平家池をそれぞれ見る。

裕美が手にしているガイド本によると、源氏池の上に浮かぶ旗上弁財天社にある”政子石”は、源頼朝が妻・政子の安産を祈願して置いたとする逸話があるらしい。そのため、夫婦円満のご利益があるという信仰が、現在あるらしい。

 まだ婚活もこれからな私によっては、縁のない事だな…

私は、柵超しにある政子石を見つめながら、そんな事を考えていた。

「そうだ、東海林しょうじ様。そのガイド本を、少し見せて頂いてもよろしいですか?」

「??えぇ、いいけど…」

すると、何かを思い出したような口調で、テンマが裕美にガイド本を見せるよう促す。

裕美が鶴岡八幡宮のページを開くと、テンマがそこに記載されている源氏池と平家池を指さす。

「この本を見るとわかりますが、源氏池側には3つ。平家池には、4つ島が浮かんでいます。この所以、どなたかご存知ですか?」

「いや、知らないわ…」

「俺も…」

テンマの問いかけに対し、誰一人として答える事ができなかった。

”やっぱり”と言いそうな笑みを浮かべながら、テンマは再び話し出す。

「何でも、源氏池の方は繁栄を意味する”産”を比喩して、3つ。平家池の方は滅亡を願う”死”を比喩して4つとされていたそうですよ。そして、”死”といえば…」

テンマは説明するさ中、私の方を一瞬だけ見る。

「鎌倉幕府の三代目・征夷大将軍だった源 実朝さねともが殺されたのも、この鶴岡八幡宮の境内だと伝えられているそうです」

「…っ…!!?」

テンマがそう述べた途端、私は全身に鳥肌が立つ。

それは、自分より後方で、刀と刀が交わる音が響いていたからだ。

「父上の仇!!!」

そして、大勢の喧噪の中よりその台詞ことばだけが、唯一はっきりと聞こえた台詞ことばだった。

「……実際は境内の何処とは伝えられていませんが、実朝は源 頼家の子・公暁くぎょうという僧によって、暗殺されたそうです」

テンマの落ち着いた口調が耳元で響いた途端、私は我に返る。

「…てめぇ、今の話…。外川とがわに”視せる”ために、わざと話したんじゃねぇの?」

気が付くと、明らかに殺気立っているはじめの姿があった。

その隣で、健次郎と裕美が心配そうな眼差しで成り行きを見守っている。

「いえ、あくまで”ついで”ですよ。先程から頼朝と政子の仲睦まじい話が続く中で”偶然”、お向かいに平家池があっただけですので…」

はじめに対して、テンマはそう説明する。

「ひとまず、次へ進みましょう!まだテンマの解説はあるだろうし…」

ガイド本を片手に、裕美が次へ進もうと促す。

彼女に宥められたはじめは、不服そうな表情かおはしてたものの、すぐに本宮の方へ歩き始めるのであった。

「……後ろを振り向かなくて、正解でしたね。人間ひとによっては、血が無理な人間かたもいたでしょうし…」

私の耳元でそう囁いたテンマは、他の三人がいる方へと足を進めていく。

 良い意味でも悪い意味でも、テンマはドSだな…

私はこの時、軽い苛立ちを覚えるのであった。



2つの池を通り抜けた先にある鶴岡幼稚園や社務所を抜けると――――――本宮へ向かう階段と共に、朱色でできた拝殿が姿を現す。

本宮はその後ろにある階段を上った先にある訳だが、何故かこの拝殿は本宮並の雰囲気があるように、私は感じていた。

「ここが、舞殿まいでん…という事は、静御前はここで!?」

ガイド本を同時に眺めながら、裕美が驚いていた。

「はい、東海林しょうじ様のおっしゃる通り、舞殿ここはかつて、源 義経の妾・静御前が、頼朝の前で舞を披露した若宮廻廊跡に建てられた場所になります」

「という事は…」

テンマの説明を聞いた健次郎が、私の方を振り返る。

そんな彼を見たテンマは、クスリと笑いながら話を続ける。

「元々、鎌倉の場を祝うべき席だったそうですが、謀反人である義経を恋い慕う和歌うたを詠い、頼朝の反感を買ったそうです。…故におそらく、その時の光景を、美沙様はご覧になっている頃でしょう…」

そう語りながら、テンマや健次郎達3人の視線が、私へと注がれる。


当の私は、テンマの言う通り、源 頼朝や北条政子。そして、彼の家臣達が集う場面シーンを垣間見ていた。

「あれが、都一の舞姫と謳われる、静御前か…」

頼朝の家臣達は、静御前に対しての噂話をしている。

当の本人は、烏帽子・水干・打袴の白拍子の装束を身にまとい、一歩一歩と頼朝らの元へ近づいていく。

 他の家臣には悪いけど、ある意味特等席かも…

私は、静御前が見える席としては最前列みたいな所に立っていたため、垣間見る場所としては、とても見やすい位置にいたのである。

 これが、実際の彼らには視えないのが不思議だけどね…

そんな事を考えていると、静御前は舞うべき場所にて膝をつき、頼朝や政子にお疑似をする。

その後は、本当に“静御前、大丈夫か”と思えるくらい緊張する場面シーンだった。

「吉野山 峰の白雪 ふみわけて 入りにし人の 跡ぞ恋しき」

静御前の透き通った声が響き渡った直後、場内はざわめく。

彼らが何を口にしているかまではわからなかったが、これが謀反人である義経を恋い慕う和歌うたというのは、一目瞭然だったのだろう。

後でテンマより現代語訳を聞く事になるが、この最初の部分が非常に有名であり、意味は“吉野山の峰の白雪を踏み分けて、姿を隠していったあの人(=義経)のあとが恋しい”という意味を指す。

この部分だけだったら、私も学生時代に歴史で習ったような記憶が少しだけあった。

しかし―――――――

「しづやしづ しづのをだまき くり返し 昔を今に なすよしもがな」

静御前が蝙蝠かわほりを使いながら舞う中、これまで聞いた事がない和歌うたも出てくる。

 こんな和歌ぶぶん、あったっけ…?

私はそんな事を考えながら、彼らを見守る。ただその時、彼女の瞳には強い意思が宿っているように見えた。

 わっ…!?

一瞬、静御前と目が合ってしまったと思った私は、すぐに視線をずらす。


「“倭文しずの布を織る麻糸をまるく巻いただまきから糸が繰り出されるように、たえず繰り返しつつ、どうか昔を今にする方法があったなら”という意味の和歌ぶぶんまで詠った静御前。当然、頼朝は怒りますが、妻の政子は“同じ女として、彼の者の気持ちはわかります。それに、敵陣のど真ん中で想い人への気持ちを堂々と舞で披露できる度胸は、見事と言えるでしょう”といった具合で、頼朝を宥めたそうです」

テンマのこの台詞ことばを聞いた途端、視えていた場面シーンは霧のように姿を消す。

 当時の時代背景からして…静御前は、決死の想いでその和歌うたを詠ったんだな…。そして、それだけ義経の事を…

テンマの話を聞く友人達みんなを見渡しながら、私は胸の奥が熱くなるような気分になっていた。おそらく、あの舞を近くで見ていたので、感情移入をしていたんだろう。

「…お前の表情から察するに、義経はよほど静御前を愛し愛されていたんだな…」

はじめ…?」

顔を上げると、そこには真剣な眼差しのはじめがいた。

「…目、潤んでいるぞ」

「えっ…!?うそっ…!!」

彼が右手で目元を指した後の台詞ことばによって、私は自分の瞳が潤んでいる事に気が付く。

そして、恥ずかしさの余り、私は思わず目をこすって溢れそうな涙を拭った。

「それと確か、吉野山って義経と静が別れた場所でもあるんだろ?」

「…おっしゃる通りです、小川様。そして、彼女が身ごもっていた義経との子…男の子でしたかね。それも結局、頼朝の命で由比ヶ浜に沈められたそうです」

「そうだったんだ…」

はじめ台詞ことばに対して相槌を打ちつつ、テンマが補足説明をする。

私は、それを聞いて素直に頷いていたのである。


その後、場の空気を読んだ健次郎によって、本宮へ向かって本来の目的であるお参りをしようという話になり、この静御前の話は終いとなる。

 少しだるいな…

私はそんな事を考えながら、本宮へ続く階段をゆっくりと登るのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る