春になったら君の隣で桜を見たい。

立花 零

夏_始まり


「何、してるの」

 たまたま足を向けた屋上で見てしまった飛び降り寸前の少女。

 振り返ったその人は驚きを隠せないようで「え」と声をこぼした。僕から言わせてみれば驚かせているのは確実に君なのだけれど。

「あちゃー・・・見られちゃった」

 彼女は眉を下げて困ったように笑った。上半身しかこちらを向いていないからか、今からでも彼女は実行するんじゃないかと不安になる。

「死ぬつもりだったの?」

「だったって言うか・・・現在形でそうしようとは思ってるけど」

「え・・・」

 恐れていたことが起こりそうになるのを、僕はそこから動けずに驚きの声だけが彼女をとめた。

「はは・・・何驚いてんの」

 僕の反応はそんなに面白いものだろうか。もし僕以外の人間がここにいたとしても同じ反応をしていたと思う。

「そういうのは普通、人に見られずにするものだろ」

「普通って何?」

 その質問はごもっともだ・・・と脳内で今までの経験を振り返ってみる。

 僕の言った普通は、今まで読み漁った二次元の知識の産物だった。

「誰かに見られたからって止めるほど安い覚悟だったらこんなとこ来てないから」

「・・・」

 何も言えなくなる。

 彼女はもう僕のほうではなく、遠いどこかに視線を向けていた。その瞳は空虚で、きっとここに未練などなくて、ここで飛び降りなかったとしてもまた別のところで死のうとするのだろうということを、僕に想像させた。

 そんなの、これ以上僕が何を言ったって無理じゃないか。

 最初に声をあげたところから一歩も動かずに、彼女が視界からいなくなるのを待つのだろうか。下で悲鳴が起きるその時を待つのだろうか。

 紺色のスカートがひらひらと遊び、僕の頭の中を混乱させていく。

 だめだ、このままじゃ___


「君が自分の人生を要らないって言うなら、残りの全部僕にくれないかな!?」


 思いもよらぬセリフが思いもよらぬ大きさで僕の口から飛び出した。

 混乱すると前も後ろもわからなくなる僕の悪いところは、確実に僕の寿命を縮めている。自分の思考回路が自分で理解できていない。実は二重人格だったのかもしれない。

「死にたくないって思わせる。

生きたいって思わせてみせるから」

 僕が混乱している間にも支配下にない言葉があふれ出す。

 これはきっと、僕であっては言えない言葉なのかもしれない。

「すごいこと言うね・・・プロポーズに受け取られかねないよ」

 あきれた彼女は僕に視線を移した。

 彼女の空虚な瞳に僕が映った。

「それでもいいよ」

 もうなんでもいいや。彼女をここに留まらせることができるのなら。

「なんでそこまで・・・」

「一目惚れかもしれない。僕は君にいなくなってほしくない」

 初めて会った彼女にどうしてそこまで固執するのか。言葉では説明できない。同情だと思われているかもしれない。それだけは違うと、口でならなんだって言える。

「・・・あっそ。頑張ってみれば」

 彼女が屋上のフェンス外からこちらに戻ってくる。それだけで僕の心はほっとして、勇気のありすぎる僕からちっぽけな僕に言葉が戻ってきた気がした。

「言っとくけど、永遠じゃないからね?私の人生、全部あんたにあげれるほど安くないから」

「それなら、どうして捨てようとするの」

 ゆっくりと歩いてきた彼女は僕の目の前で立ち止まった。

 僕の身長は平均より下で、そんな僕と目線が変わらない彼女は、女子の中では背の高いほうなのかもしれない。

「自分の命をどうしようが私の勝手でしょ。私の命の価値を知ってるのは私だけでいいの」

 表情を変えずにそう言い放った彼女は校内へと足を進めた。

 自殺をやめた、そのことに気がいって、自分の言い放ったことに全く計画性がないことを思い出した。

「明日!この時間にここに来て!」

 彼女の背中にそう言い投げると、彼女は右手を上げ、そのまま階段を下りて行った。

 かっこいいな。

 そんな緊張感のないことしか考えることのできない僕に、果たして彼女の命を預かることなんてできるのだろうか。

 いや。できるかじゃない。やるんだ。

 大きく深呼吸して自分の中の暗いものを吐き出す。


 変わるんだ。

 彼女を救うために。僕が救うために。



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