陰キャ能力者のアオハルノート
若葉エコ(エコー)
第1話
1 泰平の眠りを覚ます
五月の陽射しは柔らかく、時折頬を撫でる風は心地よい。
平和そのもの。穏やかな昼休みだ。
春にこの高校に入学して以来、この旧校舎の屋上はすっかり俺──
立ち入り禁止という訳では無いが、ここは滅多に人は来ない。
食べ終えたナポリタンドッグの袋を丸め、ペットボトルのメロンソーダを流し込む。
あとは昼休みの終了まで、この給水塔の陰で惰眠を
一年C組
意味のない愚考を中断して目を閉じて仰向けになる。まぶた越しに日の光を感じて、少しだけ強く目をつぶった。
そして俺は眠りの世界へと──
「宮坂!」
睡眠を妨げるは、野太い声。
なんだよ、騒がしい。
上体を起こし、手の中で広がるナポリタンドックの空袋を、くしゃりと丸め直す。
溜息ひとつ、傍らに置いたベッドボトルを傾け、刺激を伴う甘さで喉を潤す。
ついでに声がした方を覗き見る。階段室の前あたりに、女子の背中が見えた。長い黒髪が初夏の風に踊っている。
だが、聞こえたのは男子の声だ。
もう少し身を乗り出すと、女子と向かい合わせで立つ、背の高い男子が見えた。あの男子が声の主か。
「宮坂、オレと付き合ってくれ」
「ごめんなさい」
うわぁ。これが噂に聞く「アオハル」ってやつか。
いいねぇ。
眩しいねぇ。
家に帰ったら、きっと青春の一ページを、ブログやSNSやらに書き込むんだろうねぇ。
ま、勝手にやっててくださいよ。できれば俺のいないところで。
青春に縁の無い陰キャな俺は、昼寝で忙しいのだよ。
お昼寝を再開すべく、皐月晴れを仰いで身体を横たえた時、つん裂くような怒鳴り声が鼓膜に響く。
「は? 何でだよっ」
泰平の、眠りを覚ます、何とやら。
出来れば男子の怒声より、美少女の囁きを所望したい所存。
しかし、口振りからして、男子はよっぽど自分に自信があるのか。うらやましい。その自信を少し分けて欲しい。
「理由が必要ですか?」
「当たり前だろ、それが礼儀だろうがっ」
思わず噴きそうになった。勝手に告白しといて、礼儀も何もあったものではない。礼儀を語るならまず「本日は火急の呼び出しに応じてくださいましてありがとうございます」とかから入るべきだろ。
「あなたを全く知りませんので。以上です」
「そんな理由で納得出来るかよ」
え、これ以上食い下がるの? 馬鹿なの?
女子の言葉を聞いたよね。断言だよ、あれ。
「では、その前に……」
涼やかな声音が耳をくすぐる。
「まず、私に告白するに至った経緯をお聞かせください」
「そんなもん理由は一つだろ。好きになったからに決まってる」
「では、なぜ全く面識のない私に、好意を抱くに至ったのでしょうか」
え、面識無いの?
初対面の相手に告白しちゃったの?
そんな特攻が上手くいくのは物語の中だけだよ?
よく知らんけど。
「……おい、宮坂。よく考えろよ」
すげぇな、あいつ。この期に及んで、論点をすり替えようとしてる。
自分勝手もここまでくると尊敬しそうになる。
「二年生のオレが! 一年生のお前に! こうして頭を下げて告白してるんだぞ!」
おっと新たな情報だ。
男子は二年生で、女子は俺と同じ一年生か。
てか、何が「こうして頭を下げてる」だよ。ずっと誇らしげに胸張ってるじゃねぇか。遠い惑星から地球の平和でも守りに来たのかよ。クリプトナイト投げるぞ。
しかしだ。
まずい状況になってきているのは確かだ。確実にあの先輩男子は苛立っている。
幸いにも奴等と俺は、屋上の端と端。被害を被ることは無いと思うけれど、居づらい感じはある。
すっかり眠気を飛ばされた俺は、身体を起こして胡座をかく。
さて、どうしよう。
面倒事に巻き込まれる前に、早々に屋上から退散したい。
しかし彼らは、階下へ続くドアの近くに陣取っている。
徒歩で屋上を去ろうとすれば、確実に彼らに遭遇するのだ。
「……
幸い今は、ナポリタンドックを食べた直後。エネルギーはある。非常に疲れるくらいで済むだろう。
「さて、どこに着地するか」
ごちて、すぐに却下する。
瞬間移動した先で誰かに見られたりしたら、これまで目立たない様に過ごしてきた努力が水の泡になる。
ただでさえ中学の時に色々あって、じいちゃんの所に居候させてもらっている身だ。これ以上の迷惑はかけたくない。
ちらりと、中庭を挟んだ向こうの新校舎を見る。
向こうの屋上までは、およそ二百メートル。人はいない。
だが、じいちゃんや妹ならいざ知らず、俺の弱い能力では、あそこまでの
さて困った。
その時、違う理由で困っていた女子は、男子へ告げた。
「なら、一つお願いを聞いてください。叶えてくれたら、考えます」
「おおっ、なんでも言ってくれ!」
男子の声が弾む。可能性ありと考えたらしい。
だが、無情にも可能性の芽は摘み取られる。
「空を、飛んでください」
思わず噴き出しそうになった。
まず人間が空を飛べる筈は無い。そんな事が出来るのは、うちのじいちゃんか妹くらいだろう。
もちろん、能力に劣る俺には出来ない。しばらく試してないけれど。
「ふざけてんのか」
今度は男子が困惑する番だ。質問の意図が掴めないのだろう。
「ふざけてなど、いません」
「じゃあ体力の話か。走り幅跳びなら六メートルは……」
「それはただのジャンプ。空を飛んだことにはなりません」
不可能な事を条件にする。妥当な断り方だ。だが、それも相手が納得すればの話。
納得しなければ──
「どうやらあなたは、空を飛べない様ですね。では私はこれで失礼──」
「おいふざけんな!」
「きゃあっ」
──こうなるよね。
男子の脇をすり抜けて、階下へ繋がる階段室のドアを開ける女子。その女子の手首は、男子に掴まれた。
「はにゃ、離してくださいっ」
本気の拒絶だ。まあそうなるよね。
てかあの女子。今「はにゃ」って言わなかったか?
いや、今はそれはどうでもいい。
「このっ、無感情の癖にっ」
え。無感情って、なんだ。あと「はにゃ」ってなに、って、もういいって。
「宮坂って、感情が無いらしいな。そんな宮坂に、このオレが、感情を取り戻させてやるって言ってるんだ」
「……私は望んでいません」
「遠慮するなって、ほら、ほらぁっ」
「やめてくださいっ」
事態は悪い方へ動いている。迷っている暇は……あまり無さそうだ。
正直、無感情という意味も気になるが、それは棚の上にでも上げておこう。
さて。
女子を助け、かつ俺自身が目立たずに屋上から脱出する方法。
「──疲れるけど、仕方ないか」
能力を使うことを念頭に、素早く簡単な作戦を立てる。
まず、俺が使える能力は、二つ。
ひ弱で使い勝手の悪い能力だが、要は使い方だ。
今回は、この両方を使う。
まず、蓋を開けたペットボトルを能力で飛ばして、男子の頭上に移動させ、男子に浴びせる。女子に被害が無いように気をつけなきゃ。
奴が混乱してる隙に、屋上のドアの向こうに
そして、叫んで空気を完全にぶち壊して、トンズラ。
うん、我ながら完璧だ。
ボトルを傾けて一口。まだ半分くらい残っているけど、お別れだ。
俺は手に持ったペットボトルへ、精神を集中させる。
──
ペットボトルは、ふわりと高く浮かび上がる。
イメージは、ペットボトルの口の部分を摘んでぶら下げる感じ。
──いけっ!
空高く舞い上がった中身半分のペットボトルは、俺の貧弱な念動力でも十分な速度と安定感をもって飛んでいく。
そして男子の頭上に到達したペットボトルを、ひっくり返して──溢す。
「あひゃ!?」
甘い液体が男子の後頭部にかかる。
「ふごっ!」
続いて、とどめとばかりに空のペットボトルが男子の頭にヒット。
今だ!
開きっぱなしの屋上のドアの奥に視線を合わせ、集中する。
──
直後、俺は屋上のドアの向こう、階段を上った場所に降り立っ……え!?
着地した瞬間、美少女が階段室に走り込んできた。
「きゃっ!」
「ごっ、ごめん!」
咄嗟に謝罪して、大きく後方へジャンプ……あ。
足の下に、床が無い。
身体が浮揚した感覚が消え、重力に引っぱられる。
逆光の中に浮かび上がるのは、美少女が驚く顔。
「にゃ、飛んだ……」
あ。また「にゃ」って言った。
その不思議な声を聞きながら、俺はゆっくりと落ちていった──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます