第5話
文化祭の翌日、俺は東名シニアのグラウンドを訪れ、青山監督に名古屋東に行くことを伝えた。青山監督は愛知県出身で、近畿地方のある野球強豪校に野球留学し、甲子園に出場。その後は東京の某大学と愛知県内の社会人チームでプレーし、引退後は東名シニアの監督に就任した実力者だ。
「監督。やっぱ俺、名古屋東行きます」
「そうか。結局東に行くのか」
「はい。他からの誘いもないですし、特待生で取るって言いましたから」
「小林監督は何よりも、選手を大切にする監督さんだ。俺が全力で推した甲斐があったな」
「まあ、母が俺を名古屋東に行くよう色々囲ってたんですけどね」
「もう東に行くってのならあの話、してもいいかな?」
「あの話って何ですか?」
「ああ、実は先月から、他のとこからも入ってほしいって話があったんだけど、伊藤はもう怪我で野球ができないって言って断ってしまったんだわ」
「え?そんな話聞いてないですよ!」
青山監督からの衝撃的な一言。そんな話、寝耳に水だ。
「俺が知ってるのは怪我が原因で、2年の時に誘われた高校から白紙にしてほしいって言われたことだけです」
「ところで、伊藤は東に誘われなかったら、どこの高校に行こうとしていたんだ?」
「え?まあ、普通に受験して、普通に野球をやる道を選んでいたと思います。高校野球はリハビリの延長という感覚で」
「県外の高校行って甲子園を目指すという考えはないのか?下手に愛知に残るよりも、甲子園に出られる確率はウンと高いぞ」
「最初はそう考えていましたけど、やっぱり愛知で野球をやりたいという気持ちの方が強かったです」
「そうか。名古屋東は新設校だから、1年生からちゃんと試合に出られる可能性が高いからな。お前の実力なら即レギュラーだ」
「ありがとうございます」
俺は青山監督との会話を終えると、すぐグラウンドを去った。今はあいにく下級生が練習中だ。引退した3年生にはもう用はない。そして、俺との会話を終えた青山監督は、すぐにグラウンドに戻り、下級生に檄を飛ばしていた。
◇ ◇ ◇
10月に入ると、名古屋東の学校見学会があった。俺が名古屋東に行くと知った紗奈は、「私も名古屋東に行く!」と言い、紗奈と一緒に学校見学会へ行くことになった。
「やっぱり女の子の方が圧倒的だね」
「ここ入ったら、俺は女の子選び放題だな」
「優太!彼女の前でそんなこと言わないの!」
「俺はいつから紗奈の彼氏になった!」
「ん?ゆりかごから墓場までずっと私と優太は一緒だよ?」
紗奈が俺に笑顔を出しながら足を踏んづけてきた。怖い。
午前中は学校紹介と、建設中の新校舎の見学、そして制服の試着体験があり、最後は希望クラスごとの体験授業という感じで午前中のプログラムは終了。スポーツクラス希望の俺は、体育館でバスケをするという内容だったのだが・・・担当教員が小林監督だった。授業中、小林監督の視線はずっと俺に向けられている気がしたけど、気のせいか。ちなみに紗奈は進学クラス希望で、普通に授業を受けていたとか。
午前のプログラムが終了すると、食堂に移動し、学食を食べる。そして午後は部活動の見学と体験入部だ。紗奈とはここで別れ、俺は野球部の体験入部に参加した。他の施設はまだ工事中だが、グラウンドだけは何とか完成していた。人工芝のグラウンドが綺麗だ。
「初めまして。来年度より、名古屋東高校の野球部で監督を務める
野球部の体験入部に参加したのは俺を含め50人ほどだった。中にはシニアリーグで対戦経験があり、見慣れた顔をした連中もいた。
「おう伊藤、ひじの具合はどうだ?」
「打つことに関しては完璧。あとは投げるだけだな」
「それは良かったな」
「つーか何で、平野がここにいるんだ?」
「東の監督から誘われたんだよ」
「お前の実力ならもっと強いとこ行けるだろ」
「あんな美人から熱心に誘われたら、断れねぇだろ」
「それな」
こいつの名は
そして、参加者のある中学生から、「女に監督なんてできるのかよ!」という声があったが、その中学生は、小林監督のノックを受けて、「ウチの監督より上手え・・・」と口を漏らしていた。そして、ポジションごとにそれぞれの練習をする。俺はフリー打撃とキャッチボール、そして外野の守備練習をし、打撃練習ではホームランを打つことができた。ひじの具合も良さそうだ。
最後に、小林監督へ入部に関する質問があった。小林監督は中学生から、色々な質問に答えていた。
「練習時間は?」
「平日は3時間程度、土日は朝9時から夕方5時頃までを予定しています」
「寮はありますか?」
「野球部員は原則、自宅通学をさせる予定ですが、自宅通学が困難な部員のための下宿先も用意します」
「監督以外に、スタッフはいますか?」
「プロ野球や社会人野球でプレー実績のある方がコーチとして就任する予定です」
「野球部員は原則スポーツクラス所属ですが、部員数は何人くらいになりますか?」
「まだ具体的な人数はわかりません。何人入るかもまだわからない状況ですので・・・」
小林監督への質問が終わるとそのまま解散し、帰路についた。紗奈はもう家に帰っているようだ。そして帰宅後、小林監督から電話がかかり、「今日は体験入部に来てくれてありがとう。伊藤くんのコンディションが良さそうで安心したわ」と言われたのは言うまでもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます