第24話 失踪5



 中学生になって、何かの部活に入らなければならなくなり、将来のことを考え始めていた僕は、神主の仕事に就くならば、丈夫な身体でいることだったり、健康でいることだったりが必要だろうということを考えて、運動が苦手な僕に何ができるのか考えて、出した答えは陸上だった。


 本当は、柔道だとか剣道だとか、武道の方がいいのかなと思ったけれど、そういうのは子供の頃からやっている子たちが多く、臆したことは誰にも内緒だ。それは野球やサッカーも同じだし、運動の苦手な僕が団体競技の運動部に入るというのは、かなりハードルが高いという理由もあった。


 その点、陸上なら個人競技で、みんなそれぞれが自分のやりたい競技ができるかなと思ったのだ。運動が苦手な僕にも、競争がどうとかより、鍛えるという意味でする運動というつもりだった。


 そんなわけで、新入部員で入ったとき、陸上競技を一通りやらされ、顧問の先生が僕に選んだ競技は、走り幅跳びだった。


 短距離長距離はもちろん、ハードルや高跳びも上手くできない僕だったが、何故か走り幅跳びで遠くに跳ぶことができたのだ。自分で陸上を選んでおきながらも、長距離を走らされた時は、陸上を選んだことを後悔し始めていたので、走り幅跳びを当てがわれて、実はかなりホッとした。


 そんな僕とは正反対で、小学生の頃から陸上教室に通い、その頃から大会で走り幅跳びの選手だった拓人とは小学校が違い、中学のクラスも違ったので、部活に入ってから互いの存在を知った。


 新入部員では、幅跳びは2人だけだったので、自然と言葉を交わすことが増えた拓人とは、思いがけず気が合い、僕が陸上部に入った理由も心得ていて、それでもなお、選手として大会の予選を勝ち抜けるよう、上手く跳ぶコツを真剣に教えてくれたりする。


 その日も、1、2年でウォーミングアップの短距離20本で、もうヘロヘロになっている僕に、「次は2人で組んで反復だってよ」と拓人が声をかけてきた。僕に運動経験がほとんどないと知っている拓人は、2人で組んで数えながらやる反復などのときは、まだヘロヘロな僕を後回しにして自分が先にやってくれたりする。


 そんな反復が終わり、それぞれの競技練習に入るとき、その話を聞いた。


「なあ、お前、宮ノ山小だったよな?女の子がいなくなったって話、知ってる?」


 知らなかった。


 家でもそんな話題が出なかったし、宮ノ山小の友達からもそんな話は聞いていない。


「えっ、いつから?……っていうか、誰が?」


「日曜日って言ってたかな。うちの上の兄ちゃんの友達の妹だって。確か、佐々木っていってたと思う」


「佐々木?佐々木、佐々木……」


 顔を上に向け、見るともなしに空を見あげると、ぽっかりと浮かんだ雲の形が、ラッキーの横顔に見え、『ラッキーだ』などと思いながら考えていたけれど、田舎で人数が少ないとはいえ学年が違う子はそんなによく知らないので、思い当たらない。


「知らないなあ……何年生?」


「6年生って言ってたかな。メロディーに行くって家を出て帰ってきてないって」


「それって、もしかしたら誘拐とか、そういうこともあるから、あんまり外で話題になっていないのかもしれないよ?」


「そうだな、兄ちゃんの友達の妹だからたまたま聞いただけかも。外で言わないほうがいいな」


「そうだな、他の人には言わないほうがいいな」


 6年生ということは、ハルは知ってるかもしれないなと思い、ハルに聞けば何かわかるかもしれないけれど、ハルとは一緒に山に行ったあと、借りた手紙とノートを返してから、時々ラッキーの散歩を見つけて駆け寄ってくることはあったが、僕が自分のほうから声を掛けることはなかった。それは、僕がハルを意識してしまったことが原因かもしれないことは自分でもわかっていた。


 そして、僕が小学校を卒業してからはほとんど顔を合わせていない。


「おーい」


 拓人の声がして、いつの間にかハルの手の感触を思い出して、無意識に胸のところに持ってきた右手を左手で包んでいた僕の意識は無理やり現実に引き戻された。僕はその手を不自然にならないように、手を掻いていただけだとでもいうように、右手の甲を掻きながら声のする方に目をやると、既に一度跳んだ拓人が、砂場の横で手を胸の高さにあげ、手の平をヒラヒラと動かして跳べの合図をしていた。


「どうしたんだよ、心ここにあらずだな」


「いや、さっきの話でさ、近所に6年生がいるからちょっと探りを入れられるかもって思ってね」


「そうか?でもまだ知らないかもしれないから、言い方には気をつけたほうがいいかもな」


「そうだな、その辺は上手くやるよ」


拓人の合図で跳んだあとで、僕が跳ぶのを砂場の横でで待っていた拓人とスタート地点に戻りながら、そんな話をした。


 ずっと、思い出さないようにしていたハルのことを思い出さされ、必死で頭から追い出したハルが、また僕の頭の中の住人になってしまった。


 たぶん、僕はハルが好きだ。


 けれど、中学生になった僕には、小学生のハルは、たった一つしか違わないのだけれど、まだすごく子供だという思いがあり、それを好きだなんて、絶対に誰にも言えないと思っていた。


 またハルを頭から追い出すことに苦労しそうだなと、そんなこと思いながらも、ハルと話すためには、土曜日か日曜日にラッキーを連れて散歩する時間を作るために、部活が終わったらさっさと帰らなきゃないけないなと、もう僕はその日が待ち遠しくなっていた。


 それにしても、その佐々木さんが日曜からいなくなっているとは、誘拐だったら大変な事件だけど、でも誘拐なんて、6年生でそれはないんじゃないかと思うところもある。だとしたら家出かもしれない。もし家出だとしたら、6年生でとなると行ける場所は限られてくるんじゃないだろうか……


「おーーーい」


気付いたら目の前で手をヒラヒラさせている拓人がいた。


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