第23話 失踪4
翌日、学校に行くと、待ってましたとばかり、泉が窓際の真ん中の私の机のところまでくるのを、私は目の端に捉えていた。
「ハル、おはよう。今日の放課後、ミニバスの練習をしようって話になったんだけど、今日は練習参加できる?千絵にも聞いておいてよ」
昨日の出来事なんか、なんにも気にしていない、いや、まるで何事もなかったように泉は声をかけてきた。
泉は私の目を真正面からじっと見て、視線を外さない。一瞬たじろぐ私を見てもその視線は動かず、見返したその目は、まるで意思のない石のような目だった。
怖い。背筋がぞわっとなり、震えが来た。
「うん、わかった」
視線を下げ、そう返事をすると、泉は笑顔になり智ちゃんの席に向かった。すれ違いざまに、泉が私にだけ見えるよう睨むようにジロリとした目を向けた。そのときに私の目に写った泉の目は、さっきと同じような、石のように冷たい目だった。
泉が何か企んでいる。
そのことが、私にはたまらなく怖かった。またビンタされるのかもしれない。それも、去年とは比べ物にならないほどの強さではないか……
智美のところにいる泉を目の端に捉えながらも、視線は決してそちらに向けないよう注意し、様子を窺っていると、
「ハルちゃん、おっはよ。どうしたの?ぼーっとしてる」
由美だった。
「ねえ由美、今日の放課後って、うちのチーム練習するって、聞いた?」
「うん、聞いたよ。昨日帰るとき泉ちゃんが言ってた」
「そう。他に何か言ってなかった?」
「他に?特にはないけど、どうかした?」
「ううん、私、今聞いたからさ」
「なんかさ、昨日の帰り、向こうのチームが集まって盛り上がってさ、泉ちゃん、それを見てこうだったよ」
そう言うと、由美は片鼻をクッと上げる仕草をした。
「こっちのチームは泉ちゃん気に入らないんじゃない?あっちが羨ましいんでしょ」
「私らだってさ、正直なところ泉ちゃんがいないほうがみんな仲いいし、やりやすいよね」
耳元に両手を被せ、小声で耳打ちしてきた。
由美もそう思ってたんだな。というか、たぶんみんなそう思っているし、きっと向こうのチームだって、典子や理恵以外は泉がいなくてよかったって思っているはず……
泉はみんなから疎まれていることに気付かないのかな?あんなに自分の感情一つで、自分より弱い子には意地悪をしてみたり嫌がらせみたいなことしたり、悪口言ってみたりで、それでもみんなが自分の思う通りに動いて、自分を嫌いな子なんていないとでも思っているんだろうか?と不思議なくらいだ。
典子が教室に入ってきた。
泉はそれに気づくと、真ん中の一番後ろの席にランドセルを置いた典子のところへ向かった。私は相変わらず、意識だけそちらへ飛ばしていた。
ひとしきり何か楽しそうに話していたが、そこに理恵と容子がやってくると、泉は会話に入れないのか、そこを離れた。
放課後、グラウンドの脇のほうにあるバスケットコートにチームは集まったけれど、典子たちのチームもそこにいて、泉と典子がジャンケンをして、先に典子たちのチームがゴールの練習をし、こちらはパスの練習をすることになった。
コートから出て、少し離れてパスの練習をすることになると、「2人ずつのペアでやろう」という泉の言葉で、私と千絵、泉の3人以外は前回の体育の時間のように、2人ずつのペアに分かれたが、その時のように、泉は私とやろうとは言わず、泉の方を見ても近寄ってもこなかったので、おかしいなと思いつつも、私は千絵とパスの練習を始めた。
泉はずっと、何もせずにただ、ポツンと立っているだけだった。
しばらくすると、遠山先生がやってきた。今日は両方のチームが練習するから見にきたのかな?と思って見ていると、そこに泉が走り寄って行った。
よく見ると、泉は泣いていた。
しゃくりあげるように泣きながら遠山先生のところに行くと、なにやら話しているようだった。
私がボールを持ったままでパスを返さないでいるところを見て、千絵が「ハルちゃん、どうした?」と私の視線を追うように、先生と泉の方を見た。
「泉ちゃんが泣いてる。なんで?」
私に走り寄ってきて千絵がそう言うと、チームのみんなもそれに気づいて集まってきた。
そして、私たちが集まっているところに先生が泉とやってきた。
「なんで佐々木さんを仲間に入れないんだ?」
私は、えっ?と思い、それが顔に出たようだったが、みんなも同じだったようで、えっ?という同じような顔をした。
「なぜ誰も仲間に入れてやらないんだ?」
先生がまたそう言った。
「入れてやらないんじゃなくて、泉ちゃんが2人ずつペアでパスの練習をしようって言いました」
誰も口を開かないので、私がそう言うと、
「佐々木さん、こう言ってるけど、そうなの?」
先生がそう言うと、泉は声を上げて泣きながら、
「そう言ったけど、一組は3人でやればいいと思って、入れてってみんなのところを回ったけど、どこも私を入れてくれなかった」
しゃくりあげるようにして言葉を途切らせながら、先生に向かってそう言った。泉は自分が仲間外れの図を作り、それを先生に見せたかったんだと、今朝の異様な泉の態度に合点した私は、
「私たちはキャプテンの泉ちゃんの言うとおりにやってただけです。この前の体育の時間にも、7人なんだから円になってパスをすれば?って提案もしました。だから今日だって円になればよかったと思います。私たちはキャプテンの言う通り動いただけです」
私は、「キャプテンの泉ちゃん」というところをかなり強調して言った。
すると泉は、声を上げて泣き始め、
「この前はハルちゃんとペアになったのに、ハルちゃんは今日は私とペアになってくれませんでした。誰も私とやってくれない。私、このチームじゃ無理です。あっちのチームにしてください」
大泣きしながら先生にそう訴えた。が、大泣きしている割には、涙は全然流れていなかった。
泉は結局それが言いたかったんだな、自分の言う通りに動かない私を悪者にしたかったんだとわかった。それに、自分がこっちで主導権を握るより、典子たちの仲間に入りたいんだろう。
「私たちはそれでもいいです。キャプテンがそんなふうじゃあ上手くいきっこないし」
また「キャプテン」のところを強調して私が言うと、千絵も由美も、詩織もうんうんと顔を縦に動かし同調してくれて、「そうだよね、私たち6人でもいいね」と、由美が声を上げてくれた。
それを遠目に聞いていたもう一つのチームから、容子が声を上げた。
「ちょっと待ってください。でもそうしたら、そっちが6人、こっちが8人で、こっちのチームは補欠が3人になります。泉ちゃんはバスケが上手だし、そうなるとこっちの中から補欠が増えるし、私は反対です。それにこっちのチームはもう7人全員で戦う作戦だってできているし」
「私たちのチームは先生が言ったように、もう結束ができてきています。だから泉ちゃんが入ると、それが崩れるかもしれないから、私も反対です」
まさかの典子の言葉で、泉は固まってしまった。
泉がいなくなったのは、そんなことがあった週の週末だった。
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