第14話 洞窟1
そこに入るには、身体をうしろ向きにして這い下りるような形になる必要があった。
すぐに階段があり、2~3段下りると、すぐに普通に前を向いて下りて行けた。祠は閉めたけれど、ご神体の後ろの扉は開けて入ったから、洞窟とは言っても明かりが入ってきたので、周りの様子もまだよく見えた。
何があるわけでもなく、ただ岩の壁があるだけで、それが続いているだけのように見えたが、先は闇に消えていた。光が届かないところは真っ暗なんだなと思ったけれど、自分が降り立った辺りはまだ明るく見えたので、怖いという感情はなく、手に持っていた袋からクッキーを一つ出して口に入れ、特に躊躇することなく、僕は前に向かって歩き出した。
両手を横に広げると、両手とも壁に当たりそうなほどの幅の洞窟をしばらく進んで行くと、これが伯父が言っていた洞かなと思えるような、壁の奥に入り込んだような窪みがあった。
そこには入り込んだ人だとか、いなくなった人だとかが骨になるまでいるところだと伯父は言っていたけれど、そんな人はいなかったので、そんな人が本当にいるのかな?と疑問に思う反面、いなくてよかったなと思っていた。
その洞を過ぎてからも、だいぶ進んできたように思ったけれど、まだ薄っすら明るさを感じていたので、案外光は遠くまで入るのかなと思いながら、ふと、入ってきた階段を確認してみようと思い振り返ってみると、そこには闇があるだけだった。
途端に、僕は恐怖にかられた。
感じていた明るさは、自分の目が慣れていただけなのだと気づいた瞬間、その恐怖が身体中に行き渡り、咄嗟に来た方向に向かって走り出した。が、すぐに壁にぶち当たってしまった。
戻るだけのはずだったのに壁に当たり、その暗さに全身震えが止まらなくなっている自分に、「落ち着け、落ち着け、落ち着け……」と言い聞かせ、深呼吸を2回して、とりあえず目の前の壁に手を付き、どちらに道があるのか確認するように足を左右に動かしてみた。
目の前の壁の左右に向かって道があると安心した瞬間、どっちに進んだらいいんだろうか?と、背筋が震える恐怖を感じながら僕は頭をフル回転させ、走り出す前に自分がどっちを向いていたのか、必死で考えてみたが、もうわからなくなっていた。
再び、「落ち着け、落ち着け、落ち着け……」必死に自分に言い聞かせ、とりあえずどちらかに向かって歩いてみようと思った。入ったところはまだ明るさがあったので、しばらく進めば、自分がどっちに向かっているのかわかるのではないかと思ったからだ。
まず、左に進もうと思った。理由などない。ただ右手にクッキーの袋を持っていたから、歩いてきて壁に当たって、左側から来たんだなと、無意識にそう思ったのだ。
「落ち着け」そう言い聞かせ、僕は壁を左手で触りながら進んでみると、しばらくして壁が入り込んでいるような気がした。
そうだ、さっき洞が右側にあったんだからこっちに間違いない。僕は少しホッとした。このまま進んで間違いないと思ったからだ。
洞と思われるところを真っすぐ進むと、また壁に曲がり角を感じた。そこでようやく元の道に戻ったと確信した僕は、壁を触ったまま今度は速足で洞窟の中を進んで行った。けれども、進めど進めど明るさを目に感じない。
「こんなに歩いたのに、明るさもなければ階段もない」
気付いたら泣いていた。
違う。こっちじゃない。そう実感してから、もう怖くて怖くてたまらなくなった。
逆だ、逆に行かなきゃ、戻らなきゃ。僕は自分の心臓がドキドキと、ものすごい大きさで鳴っているのを感じながら、クッキーを持つ右手の甲で涙を擦るように拭き取ると、向きを変えて左手で壁を触りながら歩き出した。
しばらくして、そこでふと、向きを変えたんだから左手で触りながら進めばいいんだよな……あれ?右手にしないとさっきの洞を通らなくなるかもしれない?そうだ、右手を壁に当てたほうがいいんだと気づき、まだ洞までは来ていないはずだなと、自分に確認しながら、これで間違いないと、洞はまだだと願いながら進んでみた。
またしばらく進んでみたが、壁が曲がっているところに辿り着けていない。
間違えたのかもしれない。さっき右手に代えたときには、もう洞を通り越していたのかもしれない。
「落ち着け……」自分にそう声をかけ、そうだ、間違えていないんだ。洞に曲がったのは、曲がっただけで元通りの道に来たはずだから、どっちの壁を触ってても同じ道に出るはずなんだと気づき、このまま進んで行けば間違いないと言い聞かせ進んだ。
が、どんなに進んでも、僕の前に階段は現れない。明るい光も見えない。不安になった。そうだ、もう日が暮れてもおかしくない時間なんだと思ったとき、本当の恐怖がやってきた。
どうしよう。どうしよう。伯父の言葉が耳に蘇ってきた。
「どこから入ったのか、どうして入ったのか、そこに入ったままの人がいるんだ」
このままじゃ僕が入ったままの人になってしまう。
そう気づいたとき、止まっちゃダメだ、止まっちゃダメだ、入ったほうか出るほう、原町に出るところも必ずどこかにあるはずだと知っていた僕は、壁を触りながらただただ同じ方向だと思うほうへ進んで行った。
また曲がった。
あの最初に見た洞かな?そうかもしれないと、少し安心しながら進んでいた僕の足先に何かが当たった。それで、違う洞だと思った。いや、洞じゃなく原町へ向かう道なのか、どっちなのかわからないけれど、そこにいつからここにいるのかわからないけれど、誰かがいるんだというのが、足に当たった感じで直感的にわかった。
怖かった。どうしようもなく怖かったけれど、それとは違う感情も確かに自分の中に湧いていた。
「ちゃんとお墓に入れてあげるからね」
ほとんど無意識にそう口走っていた。その言葉と共に、恐怖が不思議と消えていた。
どのくらいそうしていただろう?何度そんな洞らしきものを通っただろうか?人がいる洞に出くわしたのは、あの一度だけだ。
歩き続けて、ふと手に草の感触がした。両手を前に出してみると、草が手に当たり、ここは行き止まりなんだと気づいた。そうだ、ここが原町へつながる洞窟の入り口なんだと思い当たった。
そこは伯父が言っていた通り、前には木が2本立っているようで、木と木の間が少しだけ開いていて、ここなら何とか通れそうだと、身体を横にして入れ込んでみたけれど、かなりきつい。ここに出たということは、逆に戻れば清龍寺神社へ戻れると思ったけれど、今はやっとここに出られたので戻りたくない気持ちが強く、僕は少しずつ少しずつ身体を間に押し込んで、ようやく足が片方出てしまうと、その足で地をしっかりと踏み、えいっと勢いをつけながら身体を外側に押し、何度も何度もそうしながら、やっとこさで洞窟から外に出たのだった。
外に出たとはいえ、ここも当然真っ暗だ。それでようやく、もうとっくに夜なんだなとわかった途端、外に出た安心も手伝って、お腹が空いていることに気付いた。
そこで、左手にちゃんとクッキーの入った袋を持ったままだと気付き、思わず笑みが出て、同時に涙も流れていたことに気付いた。
「よかった」思わず口にして、手の甲で涙を拭うと、クッキーを一つずつ口に運び、残り3つほどになったところで食べるのを止め、「明るくなれば、どっちに行けばいいかわかるはずだ」と自分に言い聞かせ、その2本の木の間に寄りかかって、朝までここにいることにした。
「ラッキー、大丈夫かな……お腹空かせてるだろうな……」
そう口にしたとき、そこではじめて、自分が今夜家に帰っていないことがどういうことなのかということに思い至った。
「どうしよう、お母さんもお父さんも探してるだろうな。あっ、もしかしたら伯父さんが気づいてくれるかもしれないな」
きっと大丈夫だ。ラッキーは伯父さんが気づいて見つけてくれてるに違いない。僕は都合よく、そんなこと考えながら、いつの間にか眠ってしまっていた。
夢の中で「まさき、まさき……」と誰かに呼ばれたような気がして、ブルッっとする寒さを感じ目を覚ますと、目の前に伯父がいた。
空は薄っすらと明るくなり始めていた。
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