仮面の騎士ふたたび(2)
闇の中騎士とゴーシェの間を縫って白刃が閃く。
「いけません……こいつと一対一で戦っては!」
「ダオレ!」
鉈を構えたダオレは騎士の新月刀を受け止めると、そのまま鍔迫り合いに持ち込んだ。
一方ゴーシェは絶命している犠牲者の方へと、ごろごろ倒れ込む。
だが、騎士の猛烈な丹力の前にダオレは敗れ、音を立て鉈を飛ばされると焼けた砂地に尻餅をついた。
幸い鉈は空を舞い地面に突き刺さったが、一行の近くへ落ちたため直ぐにアルチュールがそれを拾った。
「ゴーシェ! ダオレ! 今は退け」
鉈を手にアルチュールは叫ぶ。
「騎士はこちらに来るぞ! オルランダ下がっていろ! ……畜生わたしがやるしかないじゃないか」
アルチュールは微笑むと鉈を無言でセシルに預け、マサクルを抜いた。
「来い仮面の騎士、わたしは死ぬことは怖くない! だが必ず貴様と刺し違えるぞ」
「待って、騎士は不死身よ? 無駄死にすることはないわ!」
今度はオルランダが叫んだ。
漸く背後ではゴーシェとダオレが起き上り騎士とアルチュールの事の成り行きを見ている。
騎士はゆくっりとアルチュールたちの方へ歩いていたが、一定の距離で何故か前進を止めた。
オルランダの眸は改めて騎士を見ていた。
黒い翁の仮面、東方風の鎧、枯れ枝のような長身、女のような華奢な体躯。
そこにはどこを取っても違和感しかなかった。
――思い出せない、思い出せないけれど。
私は彼に逢ったことがある?
どこか違う場所で……
違和感は既視感になりオルランダをぐるぐると苛んだ。
目の前に敵がいるというのに眩暈がする。
だが、そのオルランダを余所に騎士はまたもや声を発した。
「もう満腹だ、アルチュール・ヴラド」
当のアルチュールはひどく面食らった。
「貴様!? 何故わたしのことを?」
だがダオレは一人この事実に震えていた。
何故だろう?
「アルチュール・ヴラド、西だ。西へ行け」
「どういうことだ!」
替わりに騎士に問うたのはゴーシェであった。
だが騎士は壊れた神託のように同じ言葉を繰り返す。
「西へ行け、アルチュール・ヴラド」
「騎士よ、西に何があるというのだ?」
「お前自身の運命がある、西へ行け」
嗚呼、この既視感はジオムバルグだ。
なぜ騎士は彼女と似ているのだろう? 姿は似ても似つかないのに……そして誰がこの事実に気が付いているというのだろう。
狂気山脈のなかの不思議な女主人、彼女に。
やがて騎士は指笛を吹いた。
それは口ではなく喉に開いたあの孔から響いたのだが。
すると
そして今度はゴーシェの方を見てこう言った。
「……ゴットフリト公子、これは忠告だ廃王太子には勝てない」
「何!? どういう意味だ? 答えろ騎士!」
だが、騎士は馬の腹を勢いよく蹴ると、馬は闇の中を駆け出しあっという間に見えなくなった。
「ぼくたちは見逃されましたね」
ぽつり、とダオレは言った。
「そのようだな、しかしアルチュールの運命がある西とはどういう意味だ?」
「わたしの方が聞きたいくらいだ、ゴーシェ」
「行く充てもないし、ここは西へ行くしか選択肢はないのか……」
「ところで騎士がオレに最後に言っていた廃王太子とは何者だ、何か知ってるんじゃないのかアルチュール」
ゴーシェは元々鋭い目を余計に細くして彼を睨んだ。
「廃王太子……該当する人物はおそらく既に亡くなったお前の弟だ、ゴーシェ」
「弟? オレに弟が? 初耳だな。だが気を付けろと言われた以上まだ生きているようだぞ」
「………………」
「アルチュールさま、セリフが点々ばっか」
「黙れっセシル!」
そしてアルチュールはゴーシェに向き直って正直に話はじめた。
「亡くなった王太子のことはわたしの貴族の位ではよくわからないのだ、あの公爵めかシグムンドでもない限りは……」
「つまり宮廷の内部に近しい人物しか知りえないことであると?」
「そういうことだダオレ、彼の存在は長らく隠されていた。未だに名前すら公表されてないのだ。どうやらアルテラ王家の秘中の秘であるようだな」
「……オレはボージェスの仇を取ったらまた砂漠で隠遁する積りでいたが、どうやら事はそう運ばないらしい」
「ところでこの村落はどうしますか? 生存者はもう居ないでしょうか?」
「一応捜してみましょうか」
一行は村を捜索したがそこで見つかったのは惨たらしい亡骸ばかりで、犬猫に至るまで生あるものはなかった。
「もう行きましょう、ここには何もありません」
「ではどこへ? ダオレ」
「西へ」
だが西と一口に言ったとてそこには茫漠たる砂漠が広がっていた。
夜が明けようとしていたが、一行に希望はなく騎士に汚染された村も何一つできぬまま、立ち去る他には無かった。
果たして騎士の言うアルチュールを待ち受ける運命とは、いったい何であろうか?
ゴーシェはあの本――ヨハンの黙示の書を諳んじて、こう呟いた。
われ見しに、視よ、青ざめたる馬あり、之に乘る者の名を死といひ、陰府これに隨ふ。かれらは地の四分の一を支配し、劍と饑饉と死と地の獸とをもて人を殺すことを許されたり。
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