アシュレイ

 王都『がらくたの都』王宮のもっとも警備の行き届いた一隅に少年の居室はあった。

 ぴかぴかの調度、繊細な指物、どれもアルテラ朝に伝わる贅を尽くした年代物アンティークだ。

 部屋の中心に置かれた立派過ぎる寝台に癖毛の少年が寝転がっている。

 利発そうな青い眸、雀斑の残る白い貌。

 どれも彼がまだ大人になりきっていないことを如実に表す証明に過ぎなかった。


「陛下、おやすみでいらっしゃいましたか? ここのところご公務が続いていたものですから、休めるときに休んでくださいませ」


 そう、具足を纏った精悍な軍人風の三十路の男が、少年に話しかけた。


「ありがとうヘルベルト、そうだね休めるときに休んでおくよ」


「今回の作戦、兵が足りず市井の者を徴用しましたが概ね成功と言えましょう。シグムンドめも偶には良い話を持ってくる……」


「ヘルベルトはシグムンドにいさんを必要以上に警戒しすぎなんだ、仮にも摂政として傍に置いているのだから、もっと信頼しないと――」


「それも陛下が成人して独り立ちするまでの間です、あと一年。あと一年で元服を迎えます、そうなればシグムンドめはお払い箱も同然ですよ……それに、あの男は危険です」


 ヘルベルトはそうきっぱりと答えた。


「それって『王討派』かい? でもシグムンド独りで何ができるっていうのさ」


「いいえ、いいえ『王討派』の勢力はいや増すばかり。今や貴族の中でもシグムンドを国王として推す者もいるというとか、まったく王権に対する侮辱としか思えません、ここは一つ陛下の力で粛清を――」


「ぼくはみんなが、シグムンドさえも仲良くできる道を模索したいと思っているよ、それが『生命なきものの王の国』を豊かにしていくんじゃないかな」


「……陛下、理想論だけではどうにもなりません。もっと現実を直視していただかないと」


 少年王は寝台の上で唇を尖らせた。

 どうやら彼は根が善良過ぎるのか、はたまた愚鈍なのか夢を視すぎていた。

 少年は不意に話を変えた。


「反逆者ゴッドフリトの討伐は成功したのかな?」


「まだその可否の報告は現地から届いてはおりません」


「シグムンドの子飼いの巫子が凄い力を持っているのだろう? ゴッドフリトが辺境の自称騎士団領に居たって当てたんだよね? 拝み屋ってみんな妖しいと思っていたけどそんなに凄いのなら見てみたいな」


「巫子は最下層民の出で、ひどく醜い老婆だと聞いております。陛下が心を寄せるような者ではありません」


「ふうん、そうなんだ、やっぱり妖しいんだ……」


「ささ、陛下もうおやすみになりませんと、明日のご公務に響きますぞ」


 ヘルベルトはそう窘めた。


「まだ寝たくないよ」


「我儘を言ってはなりません」


 そして少年王の布団を掛けてやり、部屋の蝋燭を消した。

 窓からは満天の星空が覗いていたが、時折灰色の雲がそれをかき消すかのように通過していった。


「おやすみなさいませ、アルテラ・イーサー・アシュレイ・サージェス・メルキオル陛下」


 ヘルベルトは少年を正式名称で呼ぶと踵を返し部屋を出て行った。


 果たして廊下に出るとそこにはシグムンド公子の姿があった。


「アッシュを寝かしつけたか、ヘルベルト」


「何の用でしょうかシグムンドさま。盗み聞きとはお人が悪い」


 呵呵とシグムンドは笑った。


「今来たばかりだよ、


「その様子では我々の会話は一から聞いていたということですね」


「最下層民でひどく醜い老婆か……彼女がそうであれば良かったと俺も真剣に思っているよ」


「それ以上の言明は避けて頂こう、刀の錆になりたく無くば。仮令たとえ貴方でも容赦しない」


「武闘派なのだな、相変わらずだ」


「武闘派もなにも最善の行動を取っているのみ」


 こうして話している間にも二人の目線は鋭く交わっていた。

 物騒な話をしている以上にその空気は煮詰まっている。

 それを打破したのはシグムンドの方であった。


「善哉、善哉。貴男と遣りあっても碌なことはない、俺は自室に戻って書き物がある貴男ももう休むがいい」


 そう言って手をひらひらと振るとシグムンドは自室のある方向へと歩み出した。



※※※



 塔の部屋でジラルディンは夢を視ていた。

 辺境の騎士団領に火が放たれる様、しかしまんまとゴッドフリトは難を逃れるのであった。

 そこで目が覚める。


 ジラルディンはベッドから起き上がるとランプに火を灯し、子供用の勉強机に座った。


 やはりシグムンドのたっての願いと言えど憎きアシュレイなぞに入れ知恵したことは失敗であった。

 結局ヘルベルト達の軍勢はゴッドフリト一味を討ち取れなかったではないか。

 今のままアシュレイが王でいることは良くないと、ヘルベルトでさえもが思っている。


 そう、まだゴッドフリトたちが辿り着く前に次の一手を打つべきだと、ジラルディンは直観し大急ぎで寝間着のまま薄ぼんやりと見える、破滅の未来を羊皮紙にインクで書き殴りはじめた。

――これでいい、そして雨戸を開け鳩の足環を確認すると、目的の鳩の足にその書状を括り付けた。

 朝になればこの鳩は目的地まで無事飛んで行くだろう。

 

 そこに待ち受けるのが大いなる破滅であることを未だ、彼らは知らずに――

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