火の放たれた騎士団領

「おい、若造、女! ここから出してやる!」


 宵闇も迫った頃、息せき切ってゴーシェとオルランダの軟禁されている部屋に副長のヘクトールが入ってきた。

 ゴーシェの背中でぶつりと縛めの縄が切れる音がした。


「どういう風の吹き回しだ!?」


 ゴーシェは訳が分からず叫ぶが、副長はお構いなしに続けた。


「あのぼんやりした紫の目の男と一緒に、女子供を連れて騎士団領から逃げろ。今すぐにだ!」


「今すぐにって……」


 少女の薄茶色の眸が宙を泳ぐが、ゴーシェは彼女を抱き寄せる。


「……大丈夫だ、オルランダ。このオッサンの言う通りならここは危険だお前とセシルだけでも逃がす! おいオッサン! オレは戦わなくていいのか!」


「もう……南の騎士団は終わりだ……『生命なきものの王の国』の正規軍が大軍を送ってきやがった」


「それって……」


 オルランダはまたも己の力が敵に察知されたことを感じ、悔いていた。

 そう、敵方の巫子が――


 そうこうしている間に部屋に何者かがなだれ込んできた。

 ゴーシェは咄嗟に腰のグラムに右手を構えた。

 だが次の瞬間、


「うああ、ビックリしたなあゴーシェ! ボクですよ、セシルです。ほら、ミーファスも一緒ですよ」


 部屋に入ってきたのはセシルとミーファスの二人であった。


「揃ったか、この部屋は騎士団の宿舎の外れにある。裏口はこっちだ」


「オッサン、敵はどこから!?」


 ゴーシェは絶叫していた。


「いいから逃げろ、あの貴族や金髪の男たちと合流して逃げろ、お前たちがどうこうできる数じゃねえ」


「そんなのやってみねえと判らねえじゃねえか!」


 だがその時以外にもミーファスが、今まで鬱状態で録に口も利かなかったミーファスがゴーシェの頬を張った。


「聞き分けろゴットフリト公子! わたしは此処へ来る途中正規軍の軍勢を見たが、その松明は丘を埋め尽くすほどだぞ!? お前が死んでどうする?」


「……わかった、撤退する一時体制を立て直す、クソッ」


 忌々しげにゴーシェは叫んだが直ぐに裏口を開けた。

 すると鬨の声を上げ騎士団員の首を取ろうと、正規軍の甲冑を着た男が剣を振り上げ襲い掛かってきたが副長は返す刀で男の鎧の隙間を縫って切り伏せた。

 濃い血の匂いにオルランダは眩暈を覚える。


「もう、兵が迫って来てやがる、畜生! アルチュール達とはどこで合流できるんだ!?」


「四人とも来い! 馬小屋に馬がある、なんとか辿り着くぞ!」


 裏口を出たところは人が一人通れる細い道だったが、既に何人か正規兵がうろついていた。

 その一人がこちらに気付くと、こう叫んだ。


「赤い目の男は必ず殺せ! 陛下のご命令だ!」


――陛下ね、そうかが命令を今回は下しているのか。

 一人ミーファスは得心するが、ゴーシェはまだそれに気づいていなかった。


 ゴーシェは己を殺せと言った兵をグラムで亡き者にすると、背後で絶命の声を聞いた。

 皆、走っていたが先陣を切っていたのはゴーシェと副長だけであった。

 そうして何人かを屠っていくと不意に目の前に馬小屋が現れた。

 だが馬小屋の周りには既に十名弱の兵がいた。


「居たぞ、赤い目の男だ!」

「馬を取りに来ると予言なさるとは陛下の神通力も凄まじい」

「死ねえええええええ……!」


 兵たちは口々に勝手なことを言うと、正規軍というのには相応しくなくあまり統率のとれていない動きでばらばらに斬りかかってきた。

 案外この兵卒は寄せ集めなのかも知れなかった。


 グラムは目にも止まらぬ動きで兵をあっという間に切り刻むと、男たちは無残にも絶命してゆく。

 オルランダはそれを見て呆けていたが次の兵がやってくる前にと、副長に馬に押し上げられていた。

 彼女の馬の前にはミーファスが乗り込んだ。

 それを副長が不思議そうに見ていると、ゴーシェは、


「悪ぃ、オレは馬に乗るのは初めてなんだ。砂漠で引きこもっていたんでな……」


 そう、ばつが悪そうに吐き出したが、セシルが、


「ボクは馬に乗れますよ騎士見習いですから、ゴーシェはボクの後ろに乗って! ほら早く」


 ゴーシェは慣れない馬に一生懸命跨ると、セシルは直ぐに馬の腹を叩いた。

 いち早く馬に乗った副長が手招きするのを、セシルとミーファスは追う。


 騎士団の馬は軍馬というよりも、荷役のための馬と言った方が良いくらいで、二人分の重さを良く支える頑丈な足を持っていた。

 一行は巧みに敵の斥候らしき兵を躱しながら、山道を昇ってゆく。

 暗闇の中しばらく行くと副長は別の馬に乗った一行と落ち合った。

 アルチュール達である。


「無事か! ゴーシェ、ミーファスそれにオルランダにセシル!」


 アルチュール、ダオレ、オリヴィエも無事で騎士団長と共に居た。


「逃げてこられたのはこれだけかね?」


 騎士団長の声が響いた。

 見ると山道を登ってきたのは自分たちだけではなかった、ここは騎士団の非常時の集合場所らしい。

 数十人の団員が(中には致命傷を負って運ばれている者もいた)小高い山の上に集合していた。


「団長……見てください、連中が領地に火を放ってます。南の騎士団はもうおしまいです……」


 副長の言うとおりだった。

 騎士団領のあちらこちらから火の手が上がり、平原を燃え尽くそうとしていた。


「おのれ……またシグムンドの手の者か!」


 アルチュールは憎々しげに吐き捨てたがミーファスの言葉がそれを否定した。


「兵は『陛下』と言っていた……恐らくは国王アルテラ25世自ら動いたのであろう」


「何……!?」


 意外な人物の名にゴーシェは馬の後ろで動揺するしかなかったのであった。

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