新王国
「それで、ゴーシェは助かったのか」
アルチュールは後ろを向いたままの、眼前の男に問い質した。
部屋には戦力としてこの騎士団が認めたものだけが集められていた。
即ち、アルチュール、ダオレ、オリヴィエの三人である。
残りのミーファス、セシル、オルランダは戦闘要員ではないと思われたのだろう。
古井戸から彼らを見つけたここの人間が何処かへと連れ去ったのだが、無事は保証されてない。
そんな心配が残る中、この三人だけが代表と思しき男との接見を許され、西日の射しこむこの部屋へと連れてこられたのだが――
「騎士団の力を甘く見て貰っては困る、あのような怪我を癒すことくらい造作なきこと」
「随分重症にあの時は見えましたが……」
「ダオレどの、貴方も我々の力を見くびっている様子。いったいどんな田舎かな? あの古井戸の中は」
一行がオベールの島の旧き神々の遺跡から飛び込んだ先は、この南の騎士団の枯れた古井戸の横穴に続く洞窟の中であった。
理屈は分からない、それは人知を超えた転移の泉であり、なぜかダオレはそのことを知っていたのだが。
「それであの若造何と言ったか……?」
「ゴーシェだ」
アルチュールは答えた。
「そう、ゴーシェ。彼の血液は抗体を持たなかった故、簡単に輸血もできた」
「抗体ですって?」
ダオレは殊更驚いてみえた。
「人間の血液には二つの抗体と四つのパターンがあるが、あのゴーシェのという若造は抗体を持たぬパターンであったということだ」
「……あなた方は、いかほどに神の右手に通じているのですか!」
珍しくダオレは声を荒げると、男はようやく振り向いた。
午後の沈みかけた陽光が窓からその輪郭を縁取り、部屋を柔らかく照らしている。
男は四十路で引き締まった体躯の中背をしていた、顎鬚をきれいに揃えて蓄えている。
「そなたら、新王国の人間は何もかも知らぬことだ。しかもこれは神々の取り決めたことだからだ」
ダオレは今まで見せたことのない表情でこの男を見ていたが、誰もそれには気が付かなかった。
「新王国が今の『生命なきものの王の国』ならば、旧王国が無ければならない。そしてそこでは神々と共存していたと?」
今まで黙っていたオリヴィエが口を開いた。
「左様、旧王国は存在した。神の怒りに触れて一晩にして滅んだ旧王国が」
「あなた方はその末裔だとでもいうのか?」
「アルチュールどの、旧王国を直接的に知っているものは誰もおらぬのだ。全て口伝と写本に過ぎぬ」
「ではあなた方は何者なのだ?」
「南の最果ての騎士団はテンプル騎士団の後継者よ」
「テンプル騎士団?」
すると扉を開けて、ずんぐりとした中年の男が入ってきた。
今まで話していた四十路の男がそちらを向いた。
「ヘクトール、例の若造の具合はどうなのだ?」
「すっかり元気ですよ。団長、それが金髪の女に関して交渉させろだとか言いだしまして――」
「金髪の女? ああ捕虜の中にいたあの金髪の小僧はやはり女か。で、交渉させろだと?」
「ええ、我々騎士団が野蛮人の集団でないなら矜持にかけて理性を見せろと」
「新王国の猿風情が笑わせる」
「なんだと!」
猿と言われてカチンときたのはアルチュールだけではなかったが、ここに居た面子で一番頭に血が上りやすいのは彼なことは間違いなかった。
「ゴーシェはアルテラ王の嫡男であり正当な王権の継承者である高貴な若者、その様な愚弄は私が許さぬ!」
「ヘクトール、アルテラ王とは誰だ?」
「さあ?」
「知らぬなら教えて遣ろう、アルテラ王とは『生命なきものの王の国』の国王だ!」
「待て! アルチュール、ゴーシェについての貴重な情報をそんな得体のしれない連中に、容易に喋って大丈夫か?」
オリヴィエが止めに入るが遅かった。
「なるほど、あの若造は自由民かなにかのフリをしていたがその実新王国の王族、しかも公子とはな……」
ヘクトールは太った顎を撫でた。
「アルチュールさん! なんてことを言ってるんですか!!」
だが団長は言い放った。
「丁度いい、公子の若造はあの病室に軟禁しろ」
「御意」
「え、えええ、えええええ~~~っ!?」
ダオレは素っ頓狂な声を上げたが、騎士団的にそれは決定済みの様であった。
「序でに金髪の女も軟禁しろ、騎士団に女は御法度なのだ」
「では団長、交渉はなしということで?」
「女を野に放逐しないだけマシと思え」
「じゃ、じゃあ我々はどうなるのだ、団長よ……?」
アルチュールは震えながら質問した。
「騎士団の役に立つのなら男は逗留を赦し、客人として迎えいれよう。それでよいな?」
「つまりはこの騎士団のために働けと、そう言うことですね?」
「話が早いな、ダオレどの。では早速貴殿らの客間はこちらだ」
団長が合図すると直ぐに五人ばかり、団員の皮鎧を着込んだ騎士風の男たちが入ってきた。
そして団長の言葉とは裏腹に三人を無理やり連れ出すと、部屋の外へと運び出して行った。
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