求めるは求道の書

 その夜アルチュール、ダオレ、オリヴィエの三人と騎士団の面々は会食を持った。


 振る舞われたのはアルチュールの荘園でも出たが、葡萄、椰子、無花果などだ。

 南の騎士団というだけあってここも南方趣味の端くれの様だな、そうアルチュールは嘯いた。

 慎ましい食事が終わるとワインの鉢が回された。

 一同は久方ぶりの、ともすればオルランドの軍船を除いては『がらくたの都』爾来口にしていないアルコールに舌鼓を打った。 


「それで? 折り入って我々に頼むとはどういうことなのだ」


 上機嫌を隠せぬ単純なアルチュールは団長に問うた。


「そなたら三人に要請したいのは本の探索だ」


「――本?」


 不思議そうにダオレは訊き返す。


「何故本の一冊も捜してこれず、人質を取った我々に頼むのです? 理解に苦しみます」


「騎士団の図書館は――」


 そう副長のヘクトールは言った。


「理解に苦しむ場所なのだ」


「何か事情がありそうだな、その図書館には?」


「左様、オリヴィエ殿、図書館には深い深い事情がある」


 団長はワインの杯を置いて眉間に皺を深く刻んだ。


「詰まりは自分たちで目的の本を捜しに行けぬから、我々三人に取ってきてほしい、そうだな?」


「これには団長も言ったように一方ならぬ事情がある、我々とて無能の集団ではない」


「ではヘクトール殿、その一方ならぬ理由とはなんです?」


 口を開きかけた副長を団長は制した。


「言えぬ、今は言えぬのだ客人よ。しかし件の本を見ればその疑問も氷解するだろう」


「むむむっ、その本自体が秘密であるような謂い方をする、どういうことだ?」


「アルチュール殿、仰る通りその本自体がであるのだ――」


 団長はそうやって一同の興味を掻き立てるような物言いをし、口籠った。


「本自体が秘密、しかし図書館には口外できぬ秘密がある。尚且つその本の探索にはゴーシェ達を盾に我々に行って欲しい。纏めるとこうであろうか?」


 オリヴィエは淡々と話したがどうにも瞋恚いきどおりを隠せない様子だ。

 それもその筈、騎士団側の要求は虫が良すぎたのだ。


「しかしその本を我々三人で探索してこない限り、ゴーシェとオルランダの解放もありません」


 そう言ってダオレはかぶりを振った。


「騎士団にあるまじき卑怯な要求よな、諸君らは騎士なのかね?」


「最初に言ったではないか、我らは騎士団の末裔であり騎士を名乗ってはいるが結社的な意味合いが強いと? 新王国の貴族風情だかなんだか知らぬが、その様な狭い尺度に一々当て嵌めて考えるのは止めて頂きたいものだ」


「なんだと!?」


 まだ『生命なきものの王の国』の貴族の習慣の抜けないアルチュールは、無礼を言われて激高したがそれをダオレは諌めた。


「まあまあ、ぼくたちがここで騎士団の機嫌を損ねても何らいいことはありません。幸いぼくたちは軟禁されているわけでもない、自由に動ける。与えられた部屋に戻って三人で相談しましょう」


「アルチュールさん、少し頭を冷やして。彼らに好き勝手言われて頭にきているのは分からないでもないが、今キレても仕方ない」


「むむむむむむむむ……」


 副長のヘクトールは呵呵と笑った。


「そういうことだ、着いてこいお前たちの部屋へ案内しよう」



※※※



 三人が案内されたのは二人部屋で簡易寝台が一台ついて、三名眠れるようになっている部屋であった。

 解りきっていたことだがアルチュールはワインが回っていたこともあり、ベッドに陣取ると高鼾をかきはじめた。


「ぼくは簡易寝台でいいですよ」


「おれこそ、ゴーシェさんの穴埋めなのにすみません……」


「オリヴィエさんの強さは水蛇ヴァリテとの戦いで充分に見せてもらいました、ゴーシェの替わりもできるでしょう」


「――しかし、あの騎団連中も近づきたくない図書館とはなんでしょう?」


「現時点ではまったくわかりません……しかし団長が取ってこいと言った本、それ自体も大きな秘密が隠されているようですし」


「秘密、ですか……それよりも近づきたくない理由は、野生動物の気がしてならない」


「勘によるものですか?」


「ええ、ただの勘ですが。だがおれの勘は厭なことに当たる」


「………………」


「翌朝出立ですか?」


「早いに越したことはありませんね、何時までもゴーシェ達が無事という保証もありません」


「もう、休みましょう。おやすみなさいダオレ」


「おやすみ、オリヴィエさん」



 その晩ゴーシェは、軟禁されたゴーシェはひどく魘された。

 最早、あの少女のいた浜辺は無人で、海は恐ろしい程に荒れ狂っていた。

 いつの間にかあのオルランドの船に助けられた時の小舟に乗った自分は、木の葉のように波間を漂いこの小さな舟の淵に掴まるのが精いっぱいであった。


 そして夜半眼を覚ますと星ひとつない夜空が歪んだ硝子を通して窺えたが、そこにはオルランダも少女の温もりもなくつめたく孤独に思えるのであった。

 それは砂漠で養父と二人暮らしていたときには、無い感情であった。


――いったいオレは、どうしたんだ?

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