ベテルギウス号

 オルランドが出て行ってオルランダは取り残された。


「どうしてあの音の出る函……ゴーシェの唄っていた歌を奏でたのかしら?」


 残念ながら函はオルランドが持って出て行ったし、あの口ぶりだと当分戻ってきそうも無かった。

 あの青年――オルランドはわたしを堪らなく不安にさせる。

 だから暫らく合わないで済むと思えば、オルランダはほっとしたのだ。

 そう言えばフェリが海賊に言及したとき、祖父のアルガンは渋い顔だった。

 何故だろうか?

 アルガンが知られたくないことをオルランドは知っているの?


 そのとき部屋がノックされた。

 今度は誰!? 一々オルランダは身を固くしたが部屋に入ってきたのは、もう人生を引退するような翁でおよそこのような私掠船の乗組員としては似つかわしくない。


「お嬢様に食事をとの船長の言いつけですどうぞ……」


 そう言って翁は部屋の大きな机に魚の煮込みと蒸留酒の酒瓶を置いて行った。


「待って、お嬢様って……?」


「貴女様の事です」


 オルランダはまた驚きを隠せなかった。

 死ぬまで『生命なきものの王の国』にいたら、お嬢様なんて呼ばれる日は来なかったろうに。


「で、船長っていうのは?」


「御冗談を、オルランド様以外に誰がいらっしゃいますか?」


「あ、ふーん、えっ? そう、そうなの……やはりあの人は船長なのね、随分とそれにしては若いんですけれど」


「皆、オルランド様の言いつけ以外聞きませぬよ」


「見たとこ二十代前半って感じだけど……そんなに力のある人なのね?」


「オルランド様は『生命なきものの王の国』との海戦では負け知らずですよ」


「なんですって!?」



 『生命なきものの王の国』は何百年もの間侵略されてはいない、それが常識だったにも拘らずこの海賊たちとは戦闘をしていると……!? いったい政府は、王家は何を隠しているのだろう! オルランダの平常心が音を立てて崩れてくるのが自分でも判った。


「おい、俺に関する余計な喧伝をされても困るぞ料理長」


 何時の間にか扉にはオルランドが立って話を聞いていた。


 入室したオルランドは翁――料理長の持ち込んだ酒瓶を喇叭で少し飲んだ。


「ラム酒だよ、飲むかいオルランダ?」


「あのわたしお酒は飲めなくて……」


「まあ、酒として飲むだけでなく気付けや消毒にもよく使われるがな、飲めないなら構わない」


「あのそれより! いくつか訊きたいことがあります!」


「俺を尋問する気か、忘れるな? お前は囚われの身なんだぞ?」


「わかってます!」


「今はラム酒が回って気分が好い、多少の事なら答えよう」


「一つ! 『生命なきものの王の国』では何百年も侵略を受けてないと言われていました、海戦をしていたならどうしてあなた方との戦いを王家は黙っているのですか」


「簡単だ。『生命なきものの王の国』は海軍力を持っているが負け続きなのだ」


「え……」


 あまりに簡単すぎるオルランドの返答にオルランダは窮したが、次の質問をした。


「じゃ、じゃあ、何故、入り江の海の民はあなた方の事を憚って言おうとしなかったの?」


「それはアルガンが謀反人だからだ」


「謀反人……? どういうこと?」


「フェリという少年はいなかったか?」


「はい、八歳くらいの元気のよい男の子ですね」


「アルガンはフェリを孫と言っていたろう?」


「そう、ですけど? ……なにか問題でも?」


「アルガンは六年前フェリの両親から彼を誘拐してこの船を、ベテルギウスを出て行った。もう『生命なきものの王の国』と争うのは厭だと言ってな」


「そんな……! それで海賊のことを言うのを渋ったのね」


「海賊? 訂正して貰おう、我々は外海とつうみの私設海軍だ。それはアルガンがフェリに教え込んだ世迷言だ」


 だんだんとオルランダは事態が飲み込めて……なくなってきた。


「待ってじゃあまぼろしの船の民族っていうのは!?」


 それを聞くとオルランドの顔色は一変した。


「……それは本当だ」




※※※




「いい加減縛られてから一日が経ちましたが、水も与えないとは徹底していますね」


「海の上だし真水は貴重なんだろうよ」


「アルチュールさま~、親指が痛いです」


「セシル、我慢しろ我々がゴーシェやダオレを縛めていたときには、オルランダが助けに来たものだ。今度はこちらが期待しようではないか」


 そうアルチュールが説明していると――


「そう期待していいです」


「その声は……オルランダ!」


 ゴーシェは快哉を上げた。


「良かった、無事でしたか!」


「無事だったか、オルランダ……! ん? そちらの海将風の殿方はどなたかな?」


 オルランドは見張りの男に合図して牢を開けさせた。


「おっ、ようやく牢から出られるのか~助かった~」


「こちらの男性は……」


 オルランダが紹介しようとしたが、それをオルランドは遮って言い放った。


「俺はオルランド、このベテルギウス号の船長、こちらの嬢さんと不思議と共通点があるが赤の他人だ」


「と、いう訳よ」


「先ほどこの嬢さんに質問攻めにされたが、こちらからも幾つか訊きたいことがある。先ずはお前たちを解放しよう」

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