軍港シャイアム

「やたー! 解放されたーっ」


「セシル、喜び過ぎですよ」


「まあ、そう言うでないダオレ、この時分子供にとってじっとしているのは、どれほど堪えるか」


 一行は縄を切られ次々に解放されたが、ゴーシェのみは思案顔のままであった。


「どうしたのです、ゴーシェ?」


「いや、このオルランドという男、やはり気になってな……」


「オルランダさんと似通っていることですか? でもそれを気にしても始まりませんよ。今は解放されたことを素直に喜びましょう」



 船は想像以上に小さかった。

 二層の船倉を昇ると直ぐに甲板で、海は凪いでいた。

 働いている人間も必要最低限の様子だ。

 その上にマストと船室がありその船室がオルランダの居た、オルランドの自室のようだ。


「さしずめ船長室といったところか……」


 ゴーシェは呟いたが、貴族の筈のアルチュールまで船の構造には目を丸くしていた。

 当然である、初めて見たものばかりなのだから。


 部屋に着くとオルランド自身の口から、自分たちは海賊でもなんでもなくすべてアルガンの嘘であること、そして『生命なきものの王の国』の海軍と戦う私設軍であることが説明された。


「他に我々に関する質問はあるかね?」


 逆に質問をされ、海図を敷いたテーブルに集まった一同は、しかも初めて見る精巧な大陸の図に驚嘆しながらアルチュールは問うた。


「なぜ『生命なきものの王の国』と戦う必要が?」


「我々の領海まで連中が侵略を繰り返すからだ『生命なきものの王の国』は村落を燃やし、女を略奪する。おそらくその娘も略奪にあった子供の一人ではないであろうか」


「俄かには信じられん……私は近衛兵だったがついぞそんな話は聞いたこともない」


「連中は奴隷を使ったガレー船を用いる」


「な……奴隷だと!?」


「ふむふむ、ガレー船とはなんです?」


 それにはオルランドの替わりにゴーシェが答えた。


「船倉に漕ぎ手を配置した人力で動く原始的な船だ、まさか王国の連中そんな船を使っていたとはな」


「それで連中は敗色が濃くなると奴隷を残したまま船を離脱するのさ、船乗りの風上にもおけねえ」


 アルチュールはただただ驚くばかりでもう話に付いてくるのがやっとだ。


「ところが生き残った奴隷たちの……黒髪の民族の島があるのさ、そこには俺たちは関与してねえ」


 ゴーシェはいつもの癖で口笛を吹いた。

 興味があるという意味だろう。


「で、この舟は何処に行こうとしてるんですか?」


「良い質問だ小僧、我々の軍港シャイアム。あそこは陸の孤島だ、海からしか入れねえ。さ、逆にオレからの質問の時間だ、だがその前に飯だな」


「やったああああ!」


「セシル、大袈裟に驚くのではない、慎みを知れ、お前はもう騎士なのだぞ」


「あれ? そうでした……」


 オルランドが船室の中の一つの食堂に案内すると、そこには待ってましたと言わんばかりのオルランダがいた。


「もうゴーシェったら遅いじゃないの、先に食べちゃった……って皆もまだだった?」


「まだ食ってねえよ……まったく食べこぼして、上等なガウンが台無しじゃねえか」


「え? これそんな上等な服だったの? ただの寝間着かと思っていたけれど?」


 それについてはオルランド自身が説明した。


「そのガウンと寝間着は実は『王国』の船からの戦利品なのだ、どうやら身分の高い女性の着るものらしいな」


「あ、でもこれだいぶわたしには大きいかも? 引きずる……袖とかすごい長いし」


「一寸、見せてくれたまえオルランダ」


 アルチュールはそのガウンをしげしげと眺めたが、やがてこう結論づけた。


「これは王家の人間の着るようなガウンだぞ!」


「えっ、やだ煮魚のシミ付けちゃったわ!」


「しかしこれは一体誰の服だ……? 若い女性の物だし、サイズはかなり大きめだ。身長などはゴーシェとそう変わらぬ」


「チビで悪かったな!」


 ゴーシェは怒りにまかせて吐き捨てたが、皆は笑うばかりだった。



 それから各々は食事を済ませると再びオルランドに向き直った、今度は例の豪華なガウンのオルランダも一緒だ。


「して、アルガンに謀られてたとはいえお前たちの目的はなんだったのだ? あのような時化の日に沖に出ていた理由は?」


「それは……」


 アルチュールが代表して答える事になっていたが、正直に理由を言って良いものか思案してしまった。


「それは?」


「対岸を目指すことに決めていたからだ」


「またアルガンに謀られたな」


「何!?」


 ゴーシェは立ち上がったが直ぐにそれをアルチュールは制した。


「対岸はない。俺たちも捜したさ、何世代も前からな」


 船室の窓からオルランドは凪いだ水平線を眺めたが、遠くに霞む島影を視て目を細めた。


「もうじきに、シャイアムに着く。お前たちの事はそこでもゆっくりと聞こうか……」


 陸が近いせいか少ない乗組員の動きが慌ただしくなるのを一行は感じながら、しかしオルランドから目が離せずにいた。

 軍港というがいったいどんなところなのであろうか――

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