失われた公子
天幕、と呼ぶにはあまりにささやかなテントに昨晩は、よくもまあ夕食を取るために集まっていたものだ。
そう、ゴーシェは感心させられた。
オルランダのベッドはもう運び出した後であろうか?
暗い内部で最初訳が分からず突っ立ていたゴーシェの脇腹を、アルチュールはあのマサクルの束でつついた。
「あにすん……」
「将に名乗れ、ここではお前が部下だぞ!」
アルチュールが静かに怒鳴るので仕方なくゴーシェは名乗った。
「ゴーシェだ……」
「失礼します、から名乗れ」
「おい、ここは何時からお前の所属していた近衛隊になった? 身分なんて関係ないんじゃなかったのか?」
「もういいぞ、可笑し過ぎて傷に障る」
そのやり取りを見て
「失礼します、ダオレです……」
その隙にダオレがちゃっかり名乗ったので、ますます可笑しいのか彼は笑いを堪えるのに必死にようだ。
そしてそわそわしているゴーシェにもミーファスは目ざとく目を留めた。
「あの娘は別の天幕へ移した。疲労が濃い。わたしも神の左手は初めて見るが噂通りの
「巫子の体質?」
だがそのゴーシェの疑問にミーファスが答えることはなかった。
「揃ったようだな。オリヴィエそろそろ人払いを」
「はい」
ミーファスはこの五人以外の関係者をテントから出すよう指示すると、隅に寄せてあった机を再び出した。
「ではわたしが
わたしは誘拐されてすぐに聖堂騎士団に潜り込ませてあった、このオリヴィエと密かに合流した。
汎神論者達は新興知識階級と呼ばれる教師・医師が多いが、その階級の台頭をよく思わないのが王族――とりわけ『
彼はアーシュベック枢機卿にわたしを始末させる気だったが、残念ながらこのオリヴィエの尽力によって命を繋ぐ事となった。
諸君らが突入した際に公子が聖堂に居たはずだが、何故か彼は友好的な行動を見せたというな……ひょっとすると公子にとって枢機卿は用済みの人物やもしれぬ。
そして近衛兵たちが突入してわたしたちは地下水脈へ逃れた。
今、都では聖堂騎士団による汎神論者狩りが続いている、多勢に無勢だ、都に留まった者達は転向を迫られるか金か死かない。
ここに着いてきた汎神論者の仲間は二十名ほど……都に攻め入るにはかなり分が悪い。
当面の間、荒野で態勢を整えるにしろ我々には錦の御旗が必要だ。
そこまでミーファスが話すと事の難しさに一同は黙り込んでしまった。
「しかし都に攻め入るということは……」
アルチュールは口籠った。
「アルテラ25世を殺害するという意味しかあるまい」
「それで錦の御旗が必要、というわけか――簡単に言ってくれる。敵であるシグムンド公子が寝返るとも思えねえがな」
ゴーシェはひらひらと手を振った。
「別に公子は一人ではあるまい」
「ミーファス! 口が過ぎるぞ!」
アルチュールは珍しく感情を露わにしミーファスへ向き直った。
「そう、神託の忌み児として赤子の時分暗殺されたのであったな……生きて仲間になっていてくれはせぬかなど淡い期待の何物でもない」
「神託ですって!? 王家にとって神はいなくなったんじゃなかったんですね?」
「その通りだダオレとやら、王家は真の神々を今まで信仰してきたのだ、聖堂騎士団が現れるまではな。そしてアルテラ25世にはもう一人兄がいた、神託によって必ず弟を
ゴーシェは口笛を吹いた。
「そんな王子様がいれば百人力じゃねえか、必ず国王を殺すんだからな」
「だから赤子の時分に暗殺されたのだ。先代のアルテラ24世はどうやら信心深いお人のようで……」
ミーファスは皮肉気に笑ったが、終始アルチュールはこの件について渋面を保っていた。
「もういい、非現実の王国の話は止めてくれ、今の、現実の『生命なきものの王の国』から話を逸らすな」
「気に障ったかね? 話を戻そう。正規軍は千人ほどいたな、装備も士気も十年以上は維持できるような連中だ。こちらは二十人強の頼りない論客だ、他の誰かの力を借りずして勝つことはできない」
「前から言っているように奴隷や流民を指揮できれば……!」
「なるほど、それでその王子様が生きていれば……ということか」
「黙れ、ゴーシェ!」
アルチュールは激高して立ち上がった。
「アルチュール、何故お前はこの失われた公子の話題をそこまで嫌うのだ?」
だがミーファスが問いかけるも、アルチュールは背を向けて天幕から出て行ってしまった。
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