消えた、しかしどうやって?

 亡くなった者の亡骸を検めることはこの世界の常識では冒涜だった。

 どんな社会であろうと医学の名のもとにおいてでなくしてはそれは禁忌であろう。

 だがしかし少年セシルはどうしても気になって『この何か違和感のある子爵の遺体』を検めることとした。子爵の遺体で一番気になっていたのは目でその閉じた目蓋を馬小屋の暗がりでランプを片手にそっと開けてみた。

 遺体は硬直を始めていたがセシルにも開くことはできた。


「あっ!」


 思わず声を漏らす。なぜならボレスキン伯爵家の一族は、アルチュール、マキシムス、アーリャ・ミオナと知る限り皆青い目をしたいたのに、遺体の目は緑色をしていた。


「そんな莫迦な!?」


 しかしセシルは目の前の子爵らしき遺体に夢中になり過ぎていたらしい。


「おい、そこの小僧」


 急に声を掛けられて振り返ると、鳩尾に重い一撃が繰り出された。

 セシルの意識はそこで途絶えた。



「斥候に出したセシルがなかなか戻りませんね」


 ダオレは眉間に皺を寄せた。


「クソでもしてんだろ」


「むむむ……真面目に言っているのですよ、あまりに彼が戻らないということは何かあったと考えて差し支えないでしょう」


「じゃあどうすんだよ、オレらは牢から出られねえぞ」


「だったらオルランダに探りを入れてもらいましょう」


「オルランダァ!? こんな時に何の役にも立たないぞ、あの女は」


「折角アルチュールさんに頼まれて食事を持ってきたのに、ゴーシェは食べない気かしら」


 牢の目の前に、牢番に付き添われたオルランダがいた。


「はい、ダオレの分、パンと干し肉よこんなんでも我慢してくれとアルチュールさんは言っていたわ」


「ちょ……待てよオレの分は!?」


「知らない!」


 そう言うとオルランダはゴーシェからそっぽを向いてしまった。


「ほら怒らせるから……」


「前言撤回すると思うか? 方向音痴女!」


「なによ! ずっと牢に入っていればいいんだわ」


「まあまあ、オルランダさん落ち着いて……その手に持ってる金属の函はなんですか?」


「あっそうそう、ゴミの中から拾ったんだけど珍しいから持ってきちゃった」


「ちょっと見せてください」


 牢の隙間からダオレは手を出すと、函を受け取った。


 そして裏に貼られた羊皮紙のようなものに印刷されたあの未知の文字を見ていたが、


「なんのことだかさっぱりですね」


 と、にっこり笑った。


「ですよね、これ何かの暗号なんでしょうかね?」


「なんかの暗号をごみに混ぜておくほど伯爵家はマヌケじゃねーよ」


「それよりオルランダさん、セシルと長く連絡が取れません。できれば彼を探していただけませんでしょうか?」


「セシルが? いったいどこへ行ったか見当はついてるの」


「悪いがその函は返してもらおう、がらくたと言えど囚人には過ぎたものだ」


 そこには鎖帷子と長剣で武装した青いマントのアルチュールが立っていたのだ。


「アルチュール・ヴラド!」


 ゴーシェが憎々しげに唸った。


「アルチュール、どうしてここへ?」


「オルランダ、食事を届けに行った君の帰りが遅いというので迎えに来たのだ。案の定」


「伯爵様ならセシルの居場所も知ってるのではないのではないですかね?」


 ダオレは質問すると、


「恐らく馬小屋だろう、ダオレくん君の推理はセシルを通して聞き及んでいる、素晴らしい手腕だ。帯刀は許せぬがついてきたまえ」


 アルチュールは牢番に指示するとダオレを牢から出した。

 そのころにはパンも干し肉も食べ終わっていたダオレはアルチュールに付き従った。


「オルランダ、君は危険だここで私の帰りをゴーシェ君と待つように」


 そう言うとアルチュールとダオレは走り出した。




 二人が馬小屋に着いたとき小姓姿のセシルと子爵らしき遺体が藁の上で伸びていた。


「セシル!」


 アルチュールは駆け寄った。


「大丈夫だ、意識を失っているだけのようだな」


「いったい誰の仕業です? 動き回る子爵の亡霊」


「そんな生易しいものでない事はとっくに君にはわかっているのだろう、ダオレ君」


忌憚きたんなく意見述べさせていただければ」


 ダオレは咳ばらいをした。


「生きるマキシムス子爵本人の仕業かと」


「君もそう思うか」


「子爵は、子爵の地位とアーリャ・ミオナ嬢から逃避することを本気で考えていた、そのために自分そっくりの替え玉も用意し……殺害したのがこの緑の目の男です」


「すると困ったな」


「どう困ったのですボレスキン伯爵」


「逃亡は死をもって償わねばならぬ罪。マキシムスはそこを攪乱した際に乗じて逃げられると踏んだが、セシルに見つかったのが運の尽きだった」


 アルチュールは従弟殺しをこれからしなくてはならないという深い苦渋に満ちていた。

 細面の白い顔は増々青ざめ、宝石のように光っていた青い瞳も色を無くして、すっかり輝きを失っていた。


「もしマキシムス殿を倒さねばならぬというのならば、ぼくが刃を交えましょうか?」


「いや、これはボレスキン家の掟、わたしが手を下さねばなるまい」


 そう言ってアルチュールは馬小屋から出ると叫んだ、


「子爵マキシムスは存命である、何をしてでも探せ!」

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