子供の喧嘩

 息子が喧嘩をした。

 それだけなら、やんちゃをしただけだと思うが、帰って来た時の傷は明らかにおかしかった。

 切り傷、あざ、何故か火傷。

 子供の喧嘩で出来るはずのない、そんな傷ばかりだった。

「どうしたんだ? 誰にやられた」

 泣きながら帰って来た息子に、私は肩を掴んで問いかけた。

「……翔君」

 最初は言おうとしなかった息子も、何度も問いかければ渋々答えた。

 翔君。初めて聞く名前だ。

 私はそう考えながら、その子の親に注意をするために学校に連絡をした。


 しかし帰ってきた答えは、私の予想だにしていないものだった。

「え? そんな名前の生徒はいない? そんなわけないでしょう。現にうちの息子は、翔君という子のせいで酷い傷を負っているんですよ?」

 何故か、どの学年にも翔という名前を持つ子はいないと言われた。

 電話を終わらせた私は、信じられなくて受話器を見つめる。

 それじゃあ、翔君とやらは近所に住む別の学校の子なのか。

 私は、犯人捜しを始めた。

 しかし、全くと言って犯人が見つからない。

 近所にも翔君なんていう子は見当たらなくて、私は途方に暮れてしまった。

 そうこうしている間にも息子の傷はすっかり治って、翔君のことを忘れてしまう。

 犯人を捜す手段は、もう残っていなかった。


 それから何年経っても、たまにその事を思い出す。

 翔君とは、一体誰だったのか。

 全く分からない。

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