子供の怖い話
瀬川
鬼ごっこ
私はずっと、後悔していることがある。
それは、もう十年以上前の話だ。
当時の私には、四人の友達がいた。
男子が二人、女子が二人。
ガキ大将の拓海、頭のいい涼、可愛くて大人しい愛美、美人でクールな祥子。そして元気だけが取り柄の私。
性格はバラバラだったけど、何故かウマが合って、いつも一緒に遊んでいた。
それぞれのやりたい事に合わせて、その日の遊びは決める。
だから、日によっておままごとだったり虫取りだったり、色々な事をした。
何で遊んでも誰も文句を言わなかったのは、みんなといるのが楽しかったから。
みんなもそう思っているのか、他にも仲がいい子はいたけど基本的に遊ぶのは五人でだった。
その日も、いつもと変わらず五人で遊んでいた。
今日は拓海が遊びを決める番だったから、体を動かす類の遊びをしていた。
そして、どのタイミングかは分からないけど、いつしか鬼ごっこが始まった。
「わー、また愛美が鬼だー」
「みんなまってー!」
足が遅いせいで、ほとんどの時間を愛美が鬼になってしまう。
それは毎回同じだから、みんな容赦なく全力で逃げた。
だから愛美はなかなか追い付けなくて、どんどん涙目になっていった。
そうはなっても、私達はわざと捕まる事はしない。
子供というのは、何事も全力。そういうものだった。
「はあはあ……あれ?」
私は無我夢中で走っていたから、気が付けばいつの間にかみんなの姿を見失ってしまった。
「みんなー! いるー?」
必死に呼びかけるけど、返事は無い。
私は辺りが暗くなっていたのもあって、怖くなってしまう。
「拓海! 涼! 愛美! 祥子! どこにいるの?」
それぞれの名前を呼んでも、誰もどこからも出て来なかった。
先程までの楽しさが無くなって、私はもう泣いていた。
今思えば、呼びかけても聞こえない距離にみんながいたのかもしれない。
でもその時は、私を置いて帰ってしまったのだと思ってしまった。
だからもう一度だけ名前を呼んで、返事が無いのを確認すると、そのまま家に帰った。
家に帰ると、すでにお母さんがいてご飯を作っていた。
私は寂しい気持ちのまま、何かを切っていたお母さんに抱き着く。
「どうしたの? そんなに甘えん坊になって」
私が急に抱き着いたから驚いたお母さんは、くすくすと笑いながら頭を撫でてくれた。
それだけで寂しい気持ちは吹っ飛んで、楽しくなった私は他の子達の事なんか忘れて、やりかけだったゲームをやろうと自分の部屋に行った。
そしてその日は、みんなの事を思い出さずに寝た。
次の日、私を待っていたのは驚きの事実だった。
四人全員が家に帰っていない。
それぞれの家から電話があり、お母さんが私に聞いてきた。
いつも四人と遊んでいるのは知っているから、何か情報を得ようとしていたのだ。
しかし私は、みんなを置いて帰ったと本当のことを言ったら、怒られると思った。
だから、何も知らない。その日は遊んでいないと、嘘をついた。
そういう事もたまにはあるから、お母さんは信じて、私が知らないと他の人にも説明してくれたらしい。
それから、四人について全く聞かれなかった。
学校に行けば、急ではあるけど転校したという話になっていた。
幼かったクラスメイトは疑問に思わず悲しんでいたけど、私は心の中で怯えていた。
四人は転校したんじゃない。
きっと遊んでいる最中に何かがあって、帰っていないんだ。
下校中に近所の人が見守るようになったから、それを確信してしまった。
それでも私は、遊んでいたことを秘密にし続けた。
もう、今更言えなかった。
そして十年以上の月日が経つ中で、私はその街から離れて、四人のことを思い出すこともなかった。
結婚をして子供が出来てからは、二度と戻ることは無いと、そう考えていた。
しかし何の運命のいたずらか。
私は数年ぶりに、街へと戻ることになってしまった。
理由は父親の入院だった。
酒もタバコも嗜む人で、不摂生もたたっての検査入院。
お母さんが付き添うことにはなっているが、無理をさせられないので手伝うことになったのだ。
旦那は仕事があるから、子供と二人。
まだ小学校に上がる前で、融通がきくから助かった。
私は大きな荷物を抱えて、もう来ることはないと思っていた懐かしい風景の元に戻ってきた。
「おかあさん、ここどこ?」
隣りで娘の花蓮が、ワクワクとした目をしながら聞いてくる。
一応来る前に説明していたはずだけど、やっぱりちゃんと理解していなかったのか。
私は少し脱力しながら、しゃがみこんで頭を撫でた。
「ここは、お母さんが前に住んでいたところ。花蓮のおばあちゃんとおじいちゃんが待っているから、早く行こうか」
「うん!」
今度はきちんと理解してくれたのならいいけど、いい返事をしたので私はこれ以上の説明をやめた。
はぐれないように手を繋ぐと、少しだけ変わった覚えのある道を進んで行った。
「あらあらあら、久しぶり! 花蓮ちゃんは、初めましてね!」
歳をとったお母さんに出迎えられ、私はほっと安心した。
父親は既に病院に行っているみたいで、家にはいなかった。
「かれんです! ごさいです!」
人見知りをしない花蓮は、自己紹介をするとお母さんに抱きついた。
あらあらと言いながら、お母さんは目じりに皺を作り笑う。
「あなたの小さい頃に、そっくりね。可愛いわあ」
「そうかな」
それは色々な人に言われるのだが、自分ではよく分からなかった。
花蓮は可愛いけど、似ているとは思えない。
私は苦笑しながら、荷物を部屋へと運ぶ。
出ていってからも、部屋はそのままにしてくれていたらしい。
記憶の中と変わらないものの配置に、私は懐かしさと微妙な気持ちを味わう。
花蓮は部屋の中にあるぬいぐるみや、ポスターなどに大興奮していた。
「くま!」
その中で、私が昔気に入っていたクマのぬいぐるみが、お気に召したようだ。
ぎゅうっと抱きついて、離れなくなってしまった。
お母さんが綺麗にしているみたいだし、わざわざ取り上げなくてもいいか。
私はそう判断して、好きにさせてあげる。
「それじゃあ、お父さんのところに行ってくるから。夕飯は戻ってきて、一緒に食べましょう。……でもお父さんに会わなくて良いの?」
「うん。今日は、色々と街の中を見たいから。今度行くよ」
荷物をあらかた片付けて、リビングに行けばボストンバッグを抱えたお母さんが待っていた。
中身は着替えや、入院に必要なものだろう。
きっと本当だったら手伝った方がいいはずだけど、私は気付かないふりをした。
そして残念そうなお母さんを見送ると、未だにクマのぬいぐるみを持っている花蓮に話しかけた。
「お外に遊びに行こうか」
「いく!」
そうすると現金だから、クマのぬいぐるみを放って私の元に駆けてくる。
外で遊ぶのが好きな子なので、こうなるのは予想済み。
私は持ってきていたシューズをはかせて、外に行くことにした。
数年の月日が経てば、変わっている場所は多い。
記憶にはなかった建物や、店を見つけながら私は花蓮と散歩をしていた。
「さんぽっ、さんぽっ、たのしいな!」
手を繋いだ先の娘は、楽しそうに歌いながら周りを見ている。
たぶん手を離したら、すぐに興味のある場所に行ってしまいそうだ。
こういう所は、昔の自分に似ている。
私ははぐれないように、しっかりとその小さな手を握った。
こうして色々な所に行っているうち、いつの間にか足が勝手にその方向へと進んでいた。
「あ……」
「わー! こうえんだー!」
気がついたら、見覚えのある公園に来てしまった。
記憶にある光景と全く違いがなく、あの頃にタイムスリップしたかのような気持ちになる。
花蓮は遊びたそうに、手を振るけど私は動けないでいた。
視線の先、公園の中に四人の子供の姿を見つけてしまったから。
最初は、近所の子供かと思った。
しかし、その顔が服装が、記憶とリンクする。
「……拓海、涼、愛美、祥子」
私は、ゆっくりと名前を呼んだ。
その声はとても小さかったけど、四人には届いたらしい。
「あっ! 花純!」
私はあの頃よりもずっと成長しているのに、みんなは変わらないままの姿で受け入れてくれた。
手招きをしてくるから、私はすぐにでもそっちに行きたくなった。
「……おか……さん? どうしたの……?」
しかし、花蓮の存在を思い出す。
私のいつもとは違う様子に、怯えたように見上げて来た。
それを見て母親という立場から、ここからは離れた方が良いと思った。
それでも、すぐに離れようとしなかったのは、何でだろう。
私は呆然と立ち尽くして、そして頭の中で色々と考えた。
目の前にいるみんなは、とても楽しそうだ。
いなくなってから、ずっとずっと遊んでいたんだろう。
何も辛いこと無く、ただただ楽しかったはず。
……なんて、羨ましい。
私の人生は楽しいことなんて、ほとんどなかった。
お母さんと花蓮だけは、私にとって救いの存在だ。
父親も、旦那も、みんなみんな大嫌い。
ずっと、ここから逃げ出したいと思っていた。
私はいつしか、手の力が抜けた。
花蓮は私をちらりとだけ見て、そして何か興味がある物を発見したのか、どこかへと走っていく。
それを追う事無く、私は前へと進む。
きっと、これから私も行方不明になるのだろう。
それでも構わなかった。
みんなとこれから、ずっとずっと遊べるのだ。
こんなにも、幸せな事なんてない。
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