激斗!その名はバトルサンタ!

雄大な自然

第7次サンタ捕獲作戦!

静かに雪が降り積もる夜。しゃんしゃんという鈴の音をならして、一つの影が空から舞い降りてくる。降り注ぐ雪の中を、空を滑るように一台のそりがやってくる。

赤い鼻のトナカイが引くそりに乗って、赤いと白のおじいさんが子供たちのためにやってくる。そのおじいさんは皆に幸せを運んでくる。子供たちに笑顔を与えてくれる。

とてもとても、優しいおじいさんだった。

そんな優しい顔をしたおじいさんが一つの建物の屋根の上にそりを止めた。

たくさんの窓。閉ざされたカーテンの向こうには、親のないたくさんの子供たちが眠っている。四人部屋のダブルベッドで眠る子供たちの枕元には大きな靴が置かれていて、それぞれの部屋には小さな木に様々な装飾が施されたクリスマスツリーが飾られていた。

その部屋に、子供たちよりも大きな影が入っていく。そして、彼らの眠りを妨げぬように、そっとその枕元に小さな、可愛らしいリボンをつけた小箱を置いてまた出て行く。そんな行為がそこかしこの部屋で行われていた。

親の居ない子供たちの兄代わり、姉代わりの少年少女たちの姿に、優しいおじいさんはほっほと笑って、彼らが部屋を出てから、ゆっくりとその指をかざした。

おじいさんの指から雪のように真っ白な輝きが生まれ、その輝きは無数の光に変わって子供たちの部屋に飛び込んでいく。光たちは子供たちの枕元に置かれた小箱の中に入ると、その中に入っていたささやかな贈り物はそのままに、その箱の隣に同じ形をしたもう一つのもっと大きなおもちゃ箱を作り出していた。

きっと、次の朝に目覚めた子供たちは、枕元に置かれたプレゼントカードと、そしてその隣にある大きなプレゼントに気づくだろう。その時の子供たちの喜びの顔を思って、おじいさんは楽しげに笑った。

もしも子供たちがこのときに目を覚ましていれば、きっと自分の所にプレゼントを置いていく赤い服のおじいさんを見ることが出来たに違いない。

そして、もしその目を遠くに凝らすことが出来たなら、たくさんの光の輝きが、空を舞い、家々に降り注ぐ姿を見ることが出来ただろう。

だけど、それを子供たちが見ることは出来ない。それがこの心優しい聖霊が、子供たちにかけた眠りの魔法だった。

夢は、きっと夢のままであった方がいいのだから……


やがて、子供たち皆にプレゼントが行き渡るのを見届けると、赤い服のおじいさんは満足げな表情をしてトナカイの手綱を握った。それに応えてトナカイがそりを引いて走り出す。

走るそりはあっという間に建物の屋上から空に飛び出して、そのまま空の彼方へと駆け上がっていく。


そして、そのそりが、その進行方向を塞ぐように現れた巨大な網に絡み取られ、地上に引き摺り落とされた。

恐るべき勢いで網が下に向かって巻き取られ、老人を乗せたそりが飛び立った建物からわずかに離れた丘陵に落ちる。

突然のことに何が起きたのかと目を白黒させている老人と、トナカイの身体に網の目を縫うように幾重にも金属のワイヤーが絡みつき、その身を拘束していく。

そしてその周囲を囲むように、何人もの人影が現れた。全身を機械の鎧で包んだ完全武装の男たちが、手に持った銃器を老人たちに突きつける。

「こちら第一分隊。目標の確保に成功!指示を請う」

『こちら作戦司令部。了解。目標の無力化を確認しつつ移送せよ』

一人の少年がヘルメットの耳に手をやって、どこかと交信を行い、それを周囲の仲間たちに伝える。

「だってよ?……無力化つってもどうするよ?」

「とりあえず、手足もぎ取っとくさ」

首を竦めた少年に、大柄な仲間の一人がそう言って、老人の前に屈み込むと、そのまま素手でその両肩を掴んだ。慣れた様子で、別の少年が老人の背中を踏みつける。

何気ない仕草で大柄な少年が老人の肩から腕の先を引きちぎった。だが、老人は悲鳴一つ上げない。そしてその引き千切られた腕からは鮮血の一切が流れる様子を見せなかった。

「ありゃー、血も流れないでやんの」

「ま、コイツは聖霊の末端器官みたいなもんだし、そんな感情も持ってないんじゃね?」

その言葉にも、続いて足をもぎ取られる事態になっても、組み伏せられた老人は何も言わない。

ただ、何が起きたのかも分からず、何をすればいいのかも分からないといった風情だった。

 無理もない。老人にはそんな機能は与えられていないのだ。ただ、与えられた指示を果たすだけの通り一遍等の判断力しかなく、故にこのようなイレギュラーに対する対処能力は備わっていなかった。

このような、外敵に囚われるという事態には……


やがて、首と胴だけになった老人と、両足を折られてがんじがらめに縛られたトナカイの二体は厳重に拘束されて半透明のカプセルに入れられて、また別の建物の入り口らしき場所に運ばれた。

そこには簡易テントが建てられており、その下で機材を相手に何人もの少年たちが格闘していた。

そのテントの正面に立っていた長身の男が、眼鏡を光らせて分隊が護送してきた物を迎える。

「ご苦労だった。作戦の第一段階は終了だ」

「こんな簡単でいいのかねえ?」

「まあ、これまではいつも通りだ。そしてこの端末を研究することにより、サンタパワーの実態が明らかになるのだ!」

冷徹に見える外見を見事に裏切り、長身の男が拳に血管を浮き上がらせて叫ぶ。その姿を呆れた目線で見ながら、第一分隊長がぼやいた。

「サンタパワーってまた安直な名前だとは思わんかねえ?」

「子供たちの願望を叶える、それがサンタパゥワーの本質!ならばその願望実現機能のノウハウをトレースできれば……我々の願望を実現させることも可能になるやもしれん。そうすれば!」

『俺たちにも彼女が出来る!!』

男の振り上げた拳に、周囲の少年たちが唱和した。そしてお互いに隣り合った仲間同士で握手を交わし、拳をぶつけ合う。

「……とりあえずお前は浮気癖を治せ。全てはそれからだ」

冷ややかな目で男を黙らせた分隊長が話を締め、周囲に笑いが起こった。

だが、それもつかの間のことだった。

「風祭委員長!」

「――ッ、どうした?」

うなだれていた長身の男、風祭が顔を上げ、ずれた眼鏡をかけなおす。

「エーテルレーダーに未確認の影を確認。通常のサンタの三倍の速度で接近してきます」

仮説テントの下に設置されたコンピューターを睨みながら、オペレーターが緊張した声で告げる。その言葉に、風祭を始めとする部隊全員に戦慄が走った。

「遂に来たか!バトルサンタ!」

風祭が目を細める。その横で分隊長が部下たちに次々に指示を下していた。

「全分隊に緊急指令!予定通りに展開させろ。我が隊は司令部の直衛に当たる」

「ここであったが七年目だ。今度こそしとめるぞ!」

風祭が手元にある作戦見取り図を力強く叩いた。液晶ボードに表示された周囲の地形図、部隊の展開図がゆれ、そして新たな画面に切り替わった。前任者より指揮権を譲渡されて二年、前回の雪辱を晴らす唯一無二の機会だ。

その脳裏には昨年の作戦風景が浮かんでいた。それまで同年代の少年たちの中でも並ぶものの居ない頭脳の持ち主として数々の作戦を成功させてきた自分に唯一人土をつけた存在。構築された策をご都合主義と勢いだけで悉く粉砕してのけた非常識の権化。それがどれほどの屈辱だったか。

その恨みを晴らすためだけに、彼は予定を全てキャンセルしてこの場に居るのである。断じて、朝のうちにデートキャンセルの連絡が三通ほど入ったとか言うことではない。

怒りに震える風祭を見やり、オペレーターの少年が叫ぶ。

「来ます!」


瞬間。降り注ぐ雪にぼっかりと穴が開いた。そして爆音。地面に降り積もった雪が、音速を超えた衝撃で全て吹き飛ばされ、青い芝草が焼け焦げ、砕けた地面とともに宙に舞う。

はからずしも、はじめにサンタクロースを引き摺り下ろした丘陵に、その男は降り立っていた。

地面を踏みしめるその姿は真っ赤な炎に彩られている。二メートルを越える巨体が火を噴き、怒りに燃える目が、正面に展開している部隊を睥睨する。

はちきれんばかりに膨れ上がった筋肉が身に付けた服を内側から圧迫し、腰までたれた髭がざわざわと揺れた。そして、白髭に囲まれた口から轟という音が放たれた。

「天が呼ぶ、地が呼ぶ、友が呼ぶ!悪を倒せと俺を呼ぶ!サンタの誇りにかけて戦う男。

聞けい、悪ガキども!!わしの名は、正義の戦士、バトル……サンタ!J!!」

右手を天に掲げた老人の後ろで、なにかが爆発していた。


後に〈カーテンの降りた日〉と呼ばれる、全世界の空を謎のオーロラが覆い尽くしたその日から、世界は一変した。

オーロラの発生に伴うように世界に新種の伝染病が蔓延し、世界人口の四割の命を奪っていった。そして数年が経ち、世界が平穏を取り戻し始めたころより異変が始まった。突如として人々の中に異常な力、特異な現象を起こす者たちが現れたのだ。

異能者エクストラと呼称される彼らの存在は、社会に混乱を巻き起こし、人々が忘れていた魔術と錬金術の時代を再びこの世界に巻き起こそうとしていた。

天には神々が光臨し、地の底より魔神たちが現れ、宗教が再び神の力を得た世界。悪の秘密結社が跳梁跋扈し、宇宙より光の巨人が飛来し、善神と悪神が世界を我が物にせんと謀略の限りをつくす混沌の時代。

そんな中、日本に〈学院〉と呼ばれる組織が結成される。木葉宗一郎と言うある一個人の尽力によって生み出され、「異能力を持った少年少女たちの社会貢献のための養育機関」として設立された〈学院〉は、そこに暮らす子供たちの力を借りて、次々と不可解な怪事件や悪の野望を打ち砕いていく。

これは、特殊な〈能力〉を持った少年少女たちの日常や彼らが遭遇した様々な事件を描き出す学園物語である。


「バトル……サンタ!J!!」

堂々と名乗りを上げた老人の姿に、速水川飛翔は盛大に脱力していた。

何故よりによって自分たちが展開した部隊の前に現れてくれやがったのだろうか。この老人は?

もっとも、これが初対面ではない他の面々はまるで気にしていなかったのだが……

「じぇい?」

「うむ、Jはジャパン!ワシは日本を護るバトルサンタなのだ!!」

「じゃあ、他にもバトルサンタがいるの?」

「うむ、アメリカとフランスとロシアとケニアにな!」

「なんかえらい微妙にヤバゲな面子だなおい」

「巨大ロボは?」

「もちろん持っておる」

登場させたら駄目だ。その場の全員がそう直感した。

何でこんなことに巻き込まれてしまったのだろうかと、飛翔は溜め息を吐いた。

今頃は学院の自室で眠りに入っていたはずなのに……

「登場させてたまるか。こいつはこの場で倒すんだ!!」

飛翔の隣で戦闘態勢に入っていた安藤彰人が飛び出し、それに他の仲間たちも続く。

「喰らえい!サンタービィィィィム!」

「説明しよう!サンタービームとは当たったものを全ておもちゃに変えてしまう恐るべきバトルサンタの必殺光線である」

と、ビームの直撃した生徒本人が解説をしながらおもちゃと化した。

「畜生、竹崎が!仇はとってやるからな、地獄で待ってろよ竹崎ぃぃぃ」

やはり完全武装の生徒の一人が、手にしたかつては仲間だったおもちゃをその手でへし折りながら叫んだ。そのままごみ箱を探してそこにおもちゃを投げ捨てると、その生徒は両腕に自らの異能で重力場を発生させてバトルサンタに向けて突撃した。

「……おもちゃになっても元に戻す手段はあるよね?」

「なんかあいつに恨みでも買ってたのかねえ」

「ノリでやっちまった気がするけど」

「……あんな死に方は嫌だ」

 仲間のおかげで微妙に及び腰になった彼らに、だがしかし、ある意味で残酷な通信が届く。

『ここまでは予定通りだ!では、これより作戦を第三段階へ移行する』

司令部の風祭の宣言に、部隊の面々はげんなりした姿で右腕を挙げた。

「第三作戦、開始」


『――メリークルシミマース!!!!!!』


彼らにイヴの夜明けは、まだこない……

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