水魚の交わり

田中大貴

第1話 待ち望んでいたもの

これで赤点が三回連続である。工藤翼は、県内の公立高校の中で、上から数えて三番目くらいの進学校に通っている。高校受験は、合格ラインギリギリだったが、なんとか、合格に指先が届いた形だった。なんとなく予想はしていたが、合格したは良いものの、中学校では、テストのたびに上位につけていたが、ここでは、ビリ、ビリ、ビリ。ビリだけを取っているスタイルである。先生はとうの昔に諦めており、親でさえも、ダメな息子だと呪文のように言い聞かせていた。16歳という多感な時期にそのような環境に置かれた翼の心は、活力を搾り取られていた。それでも、学校では少ないながら、友人がいたことが、そような心を支えていたのだろう。翼は本来、明るく、声が大きな人柄だったからだ。中学校からの友人は翼と交流を続けていた。高校に入って明るさこそ随分となくなったが、昔の明るい翼が帰ってくることを信じているのだ。

高校入学から4ヶ月も経たないうちに、活力を失ったままの翼は、夏休みを迎えた。勉強漬けにされることを恐れていた翼には最悪と言ってもいい休暇であった。


7月25日、母親から願っても無い知らせを受ける。それは、翼の祖母が亡くなったという知らせだ。さらに、祖父も病に倒れ、入院したらしい。翼はその二人に最後に会ったのは物心付く前で、顔すら思い出せないのだからなんとも思わなかった。翼にとって重要なのはその後で、祖母の葬式と、祖父の見舞いのために、ここ茨城から、大阪まで母親と父親の両方が向かうということだ。母親は翼に、夏休みの間、大阪にいるか?と聞かれたが、田舎なりかけのようなこの土地でさえも息苦しさを感じるのに、大都市の大阪になんて行ったら窒息死してしまうと思ったし、いつも自分に対して文句しか言わない両親にわざわざ付いて行くなんて考えられなかった。

その旨を母親に伝えると、嫌な顔を向けられ、面倒くさいわねぇ、と愚痴を一言浴びせられたのちに、「だったらあんたが会ったことのない親戚に預けるけどいい?」といわれ翼は間髪入れずに同意した。この両親から離れられるだけで翼としては安心した。


7月27日、翼は母親と飛行機で2時間かけて、鹿児島県の空港に到着した。そこから船で1時間かけて小さな島に上陸した。さらに徒歩10分で、親戚の家に着いた。親戚の家は、瓦屋根の縁側まである、大きな昔風の家、古民家であった。「じゃあ、この子を夏休みの間頼むね。」 「はいよ」「じゃあ私は行くから、挨拶して、お世話になるんだよ。」「よろしくお願いします。」「おう!そんな気負わなくていいぞ!少年よ!」「じゃあ、頼みます。」「早く上がれ!立っているのもなんだしな!」「あ、じゃあ、お邪魔します。」

こうして翼は親戚の家に預けられることになった。

はじめに出迎えた男は、翼の父親よりも少し若い、気さくで明るい人だった。家の中に入ってすぐにいた女性も、明るく話しかける光を感じる人だった。翼は自分の両親と無意識のうちに比較していた。翼の両親は、静かで、

特に中学校入学後ぐらいからは会話も業務連絡と命令だけになりつつある様子であった。

そんな大人ばかりと接してきた翼にとって、明るく話しかけてきた親戚の二人は実に優しく見えた。「名前も知らないんじゃしょうがないよな。俺は原知宏だ。」「私は原友美ですよ。」「工藤翼です。」「そうか、翼か。うちにも翼と同い年の息子がいるんだが、そいつは、匠海というんだ。仲良くしてやってくれ!」「はい」「この島は実に海が綺麗でな。それで名前に海を入れたんだ。翼は海とか好きか?」「はい、大好きです!」「そうか。匠海の物を貸してやるから夏休みの間、童心に帰って海にたくさん入ってこい!島の若い連中は、みんなそうしてるんだ。」「はい!ありがとうございます!」

翼はこの人達と接している時、活力と光を取り戻した気がした。

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