07 親戚

 商品には相場というものがある。確かに季節ごとに採れる野菜や果物は、出始めの時季には高く、旬の頃には安い。品薄ならば高くなるのは普通のことで、高すぎると思えば値引き交渉をするが、それだけだ。

 「品薄なんだな」とは思うが「何故品薄なのだろうか」とは考えない。理由がどうであっても、品薄なことに変わりはないからだ。

 何だかおかしなことを気にする奴だ、と思った。

「んじゃ、町憲兵隊のあとは港に行くのか?」

 「高騰の理由」について追及するのはやめて、トルスは尋ねた。そのつもりだ、とファドックは答えた。

(何つうか)

(酔狂なこったな)

 命令でないということは仕事でもない訳だ。仕事でないということは、いまは休憩時間だか休日だかということで、そんなときに遊び回るでも疲れを癒すでもなく、ご主人様のために果実を探し回り、なおかつ旬のものが何故高くなっているか考察をする。

(こいつは)

(変だな)

 トルスは決めつけた。

 と言っても、変人だとかだとか、そういった感じではない。ちょっと変わった奴という程度で、それくらいならばトルスの友人にもたくさんいる。個性のひとつ、という辺りだ。

 ただ、あまりつき合いたい個性ではなさそうだ、という気はした。何しろ面倒そうだからだ。

 そんな話をしながら街を行けば、町憲兵隊の詰め所が近くなる。トルスはもとより、ファドックも位置は把握している様子だ。互いに案内をするでもなく、ふたりの若者はその建物に近づいた。

 と、そのときである。

「――ざけたこと言いやがる!」

 詰め所の外にまで聞こえてきたその声に、トルスは「げ」と思った。

「なあにが、盗難に遭っただ。てめえの財はもともと盗品じゃねえか。盗人猛々しいとはよく言ったもんだ。これ以上、俺を怒らせない内にとっとと帰りやがれ!」

 がちゃん、と何かが投げつけられる音がしたかと思うと、「何て酷い町憲兵だ!」という憤りの声とともに貧相な男が詰め所から逃げ出してきた。

「……いったい」

 少年は目をしばたたいている。

「あー」

 トルスは頭をかいた。

「ファドック」

 彼は少年の名を呼んだ。

「あとにしないか?」

「どうしてだ?」

「それは、その」

 どう説明をしようか、とトルスが決めかねている内、入り口からぬっと現れた姿があった。

「……何だ、ロディスんとこのガキか。何をやらかして自首しにきた」

「あのな」

 トルスはじろりと相手を睨んだ。

「善良な若者を犯罪者扱いすんなよな、ビウェル!」

「やましいことでもなけりゃ、お前が俺んとこにくるはずがないだろう」

 ふん、と鼻を鳴らしたのは四十を越えたほどの年齢の町憲兵だった。

 この男は、熟練の町憲兵だ。しかしいささか、態度に問題がある。トルスは喧嘩でしょっぴかれた際にずいぶんと酷い扱いを受けた。

 喧嘩騒ぎを起こした者はもちろん悪いのだが、そのときのトルスは巻き込まれただけで、率先して「治安を乱した」訳ではなかったのに。

「普通は、やましいことがあったら、町憲兵のところにはこないもんだろうが」

 げんなりとしてトルスは言った。

「だいたい、あんたのところにきた訳じゃない」

 むしろいないことを心底願ってた、とつけ加えた。

 トルスとこのビウェル・トルーディとは、一市民と町憲兵という関係では済まない。ビウェルはトルスのいなくなった母リエーネの従兄なのだ。

 彼はトルスの母の母の姉の息子に当たる。あまりつき合いはないし、そう近しくもないが――親戚ということになる。

 親戚の子供であれば対応は甘くなりそうなものであるが、そう巧くはいかない。ビウェルから見ればトルスは、従妹を泣かせた男の息子。可愛いはずがなかった。

 意地悪をして罪もないのに捕らえるというような真似をするほど横暴でもなかったが、喧嘩騒ぎのなかにトルスの顔を見つけたときは、おおっぴらに彼を乱暴に扱えると喜んだに違いない。

「悪事を反省してやってきたんじゃなければ、何だ」

 ビウェルはじろじろとトルスを睨んでから、隣の少年に気づいた。

「迷子のお坊ちゃんでも連れてきたのか?」

 やはり年嵩の町憲兵の目にも、彼はお坊ちゃんと見えるらしい。トルスは苦手意識を脇において、にやりとしてしまった。この坊やはもしかしたらお坊ちゃんの一種であるかもしれないが、迷子になどはなりそうにない。

 ファドックがどうするだろうと少し思ったが、やはり怒った様子はなく、面白そうな顔をしていた。

「幸いにして道に迷ってはいません、セル」

 丁寧な口調ときれいな発音に、町憲兵は馬鹿にするような表情を消した。

「こいつをひっ捕らえてきたんでなければ、何の用だ?」

 この「こいつ」はトルスのことらしい。嫌味は入ったものの、ビウェルの調子からトルスを煙たがる感じはなくなっていた。

「〈野良猫通り〉の裏で、こいつが阿呆どもに絡まれたんだ」

 トルスは簡単に状況を説明した。町憲兵は案の定と言おうか、何か奪られたかと尋ね、少年が否定するのを聞いて拍子抜けした顔をした。

「それなら何をしにきた。お前が実は王子様だとでも言うんじゃない限り、ちょっと囲まれたくらいじゃ捕縛の対象にはならないぞ」

「この街に僕くらいの年代の王族はいないと思いますけど」

「そりゃな」

 第一王子マザドは二十代の後半くらいになるはずだし、王子に弟妹はない。王孫の誕生はなかなか兆しがなく、王城の一部の人間はやきもきしていたが、庶民にはあまり関係がない。

 いや、万一にも王家が途絶えれば「関係がない」では済まないが、王に近い血筋は存在するし、だいたい王子も王子妃もまだ若いのだからと言って、城下ではそれを深刻に考える者は滅多にいなかった。

 つまり十代の王族などはいない。それくらいはアーレイドの人間であれば常識である。

「なら判ってるな。よっぽどご立派なご身分でもない限り、ちょいと脅されたというくらいで動くほど、町憲兵は暇じゃない。金品の強奪があれば犯罪だが、そうじゃないんだろう。もっとも、奪われた金を取り戻してくれと言われても、現実的には無理だがな」

「へえ。町憲兵様はご立派なご身分って訳だね」

 トルスは揶揄してやった。

 犯罪者を捕らえるのが町憲兵の任務だというのに、ビウェルはいま「任務は果たせなくても仕方ない」と言った訳だ。確かに、仮に盗賊を捕まえたところで盗まれた財布がそのまま出てくることは稀だろうが、そうした結果と、はなから町憲兵にやる気がないのとでは話が違う。

「いや、判ります。その通りだと思う」

 トルスとビウェルが睨み合うのを仲裁するかのように、ファドックは手を上げた。

「だから僕が頼みたいのは、あの辺りを重点的に巡回してもらえないだろうかということなんです」

 彼は先ほどの考えを披露した。

「〈野良猫通り〉と〈雪兎小路〉の真ん中付近から出ている小道は、大通りから完全に死角になっている。そこに連れ込んで暴行をしようとしたら、昼日中でも誰も気づかないかもしれません」

「――ほう」

 ビウェルは両腕を組んだ。

「たぶん、彼らはそれを狙ったんだと思います。彼が助けてくれなければ、僕はそこに引っ張られていく羽目になったんじゃないかと」

「ほう」

 町憲兵はまた言った。

「こいつがお前を助けたと?」

 胡乱そうな目つきで、トルスを見る。

「礼金目当てか。嫌なガキだな」

「勝手に決めつけんな、横暴町憲兵。だいたい」

 トルスは怒るのも馬鹿らしくて、ビウェルの嫌味を軽く流すと、ファドックを見た。

「俺が助けなくても自分でどうにかしてたんだろ」

「『立派な町憲兵さん』がくるまで、持ちこたえることはできたかも、と言っただけだ」

 彼は答えた。

「過剰な自信を持つのは危険だろう」

「はん」

 トルスは鼻を鳴らしてしまった。これはファドックを馬鹿にしたのではなく、なかなか言うじゃねえか、というところである。先に自分が「こいつは自信過剰じゃないか」と思ったことを見抜かれたかのようだ。

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