第22話 踠く絶望

 

 歪むタイルの血が軋み、割れ目が無数に姿をあらわす。

 周囲にある家具。木製のテーブルや椅子が歪み割れ、光を保つ照明の電球がかち割れる。


 家中が異様な雰囲気になっていることが、誰が見ても分かるほどだ。


 鬼の覚醒により発せられた霊気。

 悪魔の発する威圧。


 双方の力が交差する部屋中で、もの恐ろしさも感じる。


 縛られた元ジェントルマンは飛膜から解放された。

 その理由は覚醒した鬼に対して、元ジェントルマンを縛っている余裕などないかもしれないからだ。


 執事と元ジェントルマンはこの鬼と悪魔の戦いを身を引き締めながら観察していた。

 観察というより、身体が動かないと言った方がいい。


 霊気と威圧では決着がつかない中、ミイは顎を使い指示。


「来い。測ってやる」


 その言葉とともに、メイドは奇声を発した。

 超高音ボイスが部屋を通り抜け、屋外に飛び出た。


 元ジェントルマンと執事は高音すぎるノイズに耳を塞いだ。


 その瞬間、メイドは伸びた爪を生かすように爪を立て、地面スレスレまで近づけた腕を、アッパー気味の角度から、力一杯振り上げ、ミイの顎に向けて放った。


 ミイの視覚が追いついていないー

 振り上げられた腕は、ミイの顎にクリーンヒット。


 家具や壁を突き破り、ミイは屋外へ飛ばされた。


 数秒の間の後、元ジェントルマンと執事は視線を合わせた。


「おまえ・・・」


 ミイの顎にクリーンヒットさせたメイドに賞賛の眼差しを送った。


「相手が悪すぎる」

「ほとんど効いていない」


「は!?」

「外まで吹き飛んだぞ!?」


 元ジェントルマンと執事の頭には?が並んだが、

 メイドの腕を確認すると、爪はズタボロに砕け、爪が剥げていた。


「一発一発打っては切りがない・・・」

「こっちの身体がもたない」


 元ジェントルマンは焦りに焦っていた。


「どうすんだよ! 戻ってくるぞ!!」


 元ジェントルマンの素を窺えたことに、幻滅する執事とメイド。


「殺れるかわからないが、次で決める」


 メイドは屋外へ飛び出し、ミイの居場所を探した。


 するとミイは、身体に付着した砂塵を手で振るった。


 メイドは微塵もダメージを受けていない仕草に幻滅と怒りと絶望が沸く。

 歯を噛み締めると、


「もっと来い」


 その言葉に再び奇声と骨が軋む音をたてながら、高速の動きでミイに向かった。

 折れた爪、剥けた爪など関係なく、次々と繰り出す打撃。


 幾度となく打たれていくパンチや爪での切り裂きを受け止める。


 その光景を見て、メイドもフェイントやアクションを加えるも、受け止められる。


 目で追える攻撃だから止められる。

 次にメイドが考えたのが、ただ単純に攻撃回数と攻撃速度を上げるというもの

 ミイが目で追えないほどの速度で攻撃。


 次第に攻撃回数と速度が上がり、それに連れてミイも目で追うが、7発に1発、5発に1発、3発に1発と次第に打撃が命中してきたのが窺えた。


 さらに、もっと速度を上げる。


 メイドの額から血管が浮き出るほどの力の入れ込みよう。


 徐々にメイドの姿など見えないほどの速度で攻撃が繰り返されるまでに至る。

 1発1発全ての攻撃を受けるミイ。

 たかが、1発を受け止めることすらできていないー


 しばらく打撃をくらっているミイだが、不気味な笑みをこぼした。


 メイドは攻撃を繰り返す中、愕然とした。


 全くの無意味。

 少し考えればわかったこと。

 ただ単純に、攻撃回数と攻撃速度を上げただけの打撃は、ミイにダメージを与えられていないことを。


 攻撃回数と攻撃速度を上げた代償に、攻撃威力が格段に落ちていたのだ。


 ミイからしたら、柔らかいゴムボールが身体中に当たる程度。


「軽いな、軽すぎる!」


 ミイはメイドの動きを見切り、素手でメイドの顔面を掴むと、そのまま地面へ叩きつけた。


 メイドの顔面を中心に大きくひび割れる地面。

 頭からの流血。

 メイドは意識を失いかけていたー


「そんなものか」

「今の攻撃回数3568回」


「(今の攻撃を全て見切っていたというのか!?)」

「(それも態と攻撃を受けて・・・)」


「もっと見せてみろ」

「奥の手があるだろう」


 辛うじて身体を起こせる状態のメイドは、ミイの問いかけにあっけなく気を取られた。


 メイドはゆっくりと身体を起こす。

 たかが、1発くらっただけの攻撃でこれほどのダメージをくらうとは、メイドも予想していなかっただろう。

 身体を起こそうとすると、疲労感と残り少ない意識の低さに戸惑いも見せた。

 その消え掛ける力を削ってでも言っておきたいことがある。


「そうだ・・」

「これが最後の攻撃になる・・・」

「受け止めて欲しい」


 メイドはそう言い放つと、両腕をミイに向けた。


 身体中に残っている全ての力を両腕へー

 両腕はパンパンに膨らみ、血管が浮き出てきた。

 女性には見えない腕の太さに、建物の影で見物している元ジェントルマンと執事は息を飲んだ。


 大きな金属音がフェードをかけながら轟く。


 その音の大きさの割には、小さな過ぎる球体エネルギーが、両掌の中央に溜まってくる。

 明らかな低水準。


 ミイはその球体エネルギーを凝然として見る。

 エネルギーが溜まりきるのを待っているようにも伺える。


「その最後の攻撃とやら、欠点が二つある」

「一つは力を一点に集中する際の時間」

「二つ目は自身の秘めている力以上のエネルギーを放出するため、命を削っていること」

「己の力の弱さを恥じることだ!」


 メイドはそんなことなど御構い無し。

 エネルギーを溜めるのに必死だ。


「もう一つ欠点がある」

「私が今、この無駄な時間を与えている理由。その攻撃を受けても大したダメージにならないと言うことを示している」


「それでも私は・・・」

「しね!!」


 言葉とともに球体エネルギーは掌から放たれた。


 だが、その球体のスピードは遅く、大きさもソフトボール程度の大きさ。

 ゆっくりとミイに向かって行く。


 その球体をミイはじっと見つめ追い掛ける。

 ミイの胸元から20cmほどまで近づいた時だった。


 その球体から直径3mほどの大きなエネルギー破(光線)となって、長さ数キロ先まで途切れることなく発射されたー


 ゼロ距離ー



【NEXT】


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