こちら柏市役所総務部人外対策課

黒咲

第1話 コボルト退治 その1


「ハァハァハァ…… クソッタレ。どこ行きやがった」


 芥生あざみ しげるは蒼天の下、まばらに立ち並ぶ団地街を顔中汗だらけになりながら走っていた。


「こっちか!」


 そう言いながら芥生あざみは交差点を渡ろうとする。

 ふと交差点の信号機を見ると灯火が消えていた。そのせいか道路には何台もの車が停車している。


「おい! とっととぶっ殺してこいよ! こっちは急いでんだからよ〜」


 停車している一台の車から男の怒声が聞こえた。芥生あざみは怒声を発した男に聞こえないよう小声で毒づく。


「うるせー こっちだって必死にやってんだよ。魔物が出たら安全のために信号機の点灯は消えるから車は停車しなきゃならないって法律になってんだから黙って止まってろ。ってかさっさと車置いて指定された避難所に行けよ」


 芥生あざみは男を無視して交差点を渡ると広い一本道に出た。道の脇には一軒家が軒を連ねる。


「くそ、住民に被害が出てなきゃいいが……」


 しばらく道を走っていると遠くで警官の制服を着た若い男がこちらに向かって手を振っているのが見えた。


「おーい! シゲさーん! こっちです!」


 芥生あざみは全力疾走で若い警官の元へと走る。


「ハァハァ……南雲なぐも、コボルトは何処だ」


 両膝に両手をつき荒い息を繰り返しながら芥生あざみは魔物の居場所を聞いた。


「こ、この先にある坂の下でウロウロしてますよ」


 南雲なぐもと呼ばれた若い警官が指を差した方向へ歩いていくと二十メートルほど先の坂下で犬の顔をした二足歩行の化け物が1匹、あたりをキョロキョロしながら唸り声をあげている。


「やっと見つけたぞ…… ところで南雲、住人に被害はないか?」


「は、はい。ここら一帯の住人には家から出ないようアナウンスしてます」


「そうか」


「シ、シゲさん、早くあの化け物を魔法でやっつけちゃってくださいよ〜」


 青ざめた表情の南雲なぐも芥生あざみの背中を押した。


「バカヤロウ、押すんじゃねーよ。ってかこの距離じゃあ俺の魔法は当たらねーよ。もっと引きつけなきゃな…… おい!南雲なぐも、お前おとりになれ」


 芥生あざみの突然の提案に南雲なぐもは首を左右にブンブン振った。


「嫌ですよ〜 なんで僕がそんなことしなきゃらないんですか〜」


「おいおい、オメーの腰についてるそれは飾りかよ!」


 芥生あざみ南雲なぐもの腰についている拳銃のホルスターを指さす。


「ええ、そうです。これは飾りみたいなもんです。これは魔物相手に使う事は許されてません。もし使ったら僕が上司に怒られちゃいます」


 南雲なぐもはホルスターを両手で隠すように押さえて言い返す。


「チッ! クソの役にもたたねーな。しゃーねー正面突破だ」


 そう言うと芥生あざみはおもむろにクラウチングスタートの体勢になる。そして「GO!」と叫ぶと勢いよく坂道を走り出した。


 犬の顔をした化け物―― コボルトは獲物を探しているのか鼻をクンクン動かしながらあたりをウロウロとしていた。

 そして、獲物の匂いを感知したのか坂の上を見る。すると一人の男が「ウオー」と叫びながら勢いよくこちらに向かって走ってくる。


 驚いたコボルトは威嚇するように吠えた。だが、男は構わず突進してくる。そして、突如、男は飛び上がりドロップキックをコボルトの顔面にぶつけた。


 コボルトは後方へ思いっきり吹っ飛んで転ぶ。だが、大したダメージもなくすぐに起き上がると男を睨みつけた。


 男はもちろん芥生あざみだ。

 

 芥生あざみはコボルトに向けて両手をかざすと何やら呪文のようなものを唱えている。 そして目をカッと見開き叫んだ。


「くらえ!火球ファイヤーボール!」


 芥生あざみがそう叫んだ瞬間、両手からボーリングの玉ほどの大きさをした火の玉が勢いよく飛び出した。火の玉はコボルトの顔面に直撃する。


「ぎゃ」


 コボルトは一瞬の悲鳴をあげるとすぐに頭部が蒸発した。首が無くなったコボルトの体はゆっくりと後ろに倒れる。


「はぁ。やっと1匹かよ……」


 芥生あざみはコボルトが死んだのを確認するとホッとしたように呟く。そして今来た道を戻ろうと振り返ると芥生あざみの耳掛け型イヤホンから女性の怒り声が聞こえた。


「ちょっとシゲさん! なにコボルト1匹に手こずってんのよ! さっさとこっちにきて手伝え!」

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