第11話 364年目、看守さん

「あの、すみません、消しゴムが無くなっちまって…も、貰えませんか?」


相変わらず、申し訳ない程度に俺はドアを叩いて外に居るであろう看守さんへ声を掛けた。


数百年前、ちょっと荒んだ俺は独房ドアや看守さんに当たり散らして、ドアを乱暴に叩いたりと今では黒歴史的みたいな時期もあった。人間可笑しくなるとどうにも止まらなくなる事がある。今は回り回ってコミュ症が再発。形成された性格は中々直る事はないと痛感する。


364年目、色々な看守さんとコミュニケーションは取って来たなァ、と考えてる中で、ふと思い出すのは言葉を交わした、唯一の看守さん。


思い出そうとした矢先に、かたんと開かれた小さなドアから文字が書かれた紙を差し出された。


「後日、消しゴム渡します、か。あ、ありがとうございます」


小さな文字で、書かれた言葉を音にしドア外に居るであろう看守さんに声をかけた。今の看守さんは最初の頃の看守さん雰囲気に似てるかもな、文字の丁寧さとか。


メモを握り締め、いつもの定位置に戻る。溜まってる364年、取ってあるメモは数枚ある。流石に全部は取ってられねーから大事なメモは残し、要らないであろう紙は捨てた。何処にと問われるならば、ほら、あそこしかないだろ?流せる場所しか。


このメモ紙は流し行き、強く握り締めて小さくする。腕力がねーから、だいぶ長く握り締めるが。


定位置に座りかけ、止めて視線を黄色いボタンへと向けた。あれを見る度にこの364年、電気点けなかった悔しさが甦る。くっ!もっと早く解ってたら、あんな暗闇でこそこそ書いたりしなかったのによ!


黄色いボタンに指先を伸ばし押すと、独房中が明るくなった。俺は定位置に戻り、腰を下ろす。


捨てるメモ紙場所に握り締めた紙を置く、その横には捨てられないメモ紙の束。達筆で最初は全く読めなかったが、慣れると読める。難しい漢字に、読めねェなァ、って呟いてた事もあったっけ。


自分でも頬が自然と緩んだのが解った。


長い時間を生きてると、昔はあんなんだった、とか、嗚呼、確か昔に…と、昔の事を思い出すっつうが本当みたいだ。見た目若いが、精神はお爺ちゃんの域を越えてるからね、俺は。


最近、特に昔の事を考える。やっぱり、もうすぐ外に出れるからと、肌で感じてるからだろう。一人しか居ない空間は、特に考える時間を与えてくれる。嫌な思い出も、良い思い出も。


今の看守さんは何代目だろー、神宮司家も何代目に突入だ?とか、水無月家は絶たれてねーかなーとかね。


目を瞑り、良い思い出はやっぱり、


「葵さんだなー」


達筆な、俺と話してくれた看守の葵さん。目を瞑り俺の意識はあの日に向かう。

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