25.いざ花火大会。でも大失敗。
「んー? どうだと思う?」
明確な答えは返って来ない。
「さぁ、分かりません」
「もしもレイジだったら、おれの言動から推理してみるんじゃないか?」
ぎゅうと胸が痛くなる。愛斗はレイジの正体に気づいているわけではない。それなのに時々ドキッとするようなことを言う。
「そんなの分かりませんよ……おれはレイジなんかじゃないし、自分の気持ちすら分からないんですから」
さっきだってそうだ。
アリスの想いには応えられないので付き合う気はない。けれど、なぜ頑ななまでにそう思っているのか自分でも分からないのだ。まるでそう思い込もうとしているように。
「だったら俺だって同じだ。アリスに未練があるのかないのか、はっきりとは分からない。だけどいま、不思議なほど心が穏やかなんだ」
愛斗が見つめているのは茜色の空だ。いくつもの雲がゆっくりと流れていく。
「いまの俺にはアリスや凪人という年下の友人がいて、お気に入りのカフェがあって、そこではいつでも美味しい飲み物とパンケーキがある。そんな現状がとてつもなく幸せなんだ。俺はこれまで早く早くとひたすらアクセルを踏み続けてきたけど、いまは多分、サービスエリアか待避所で休憩したり地図を確認したりしているところだと思うんだ」
「この状態が心地いいってことですか?」
「そうだな。ここは俺の目指すゴールではない。だからいずれはアクセルを踏んで進まなくちゃいけないだろう。そうしたらアリスのことに関して凪人と衝突することもあるかもしれないけど、それでももうしばらくこうしていたい。そんな気持ちなんだ。……分かるか?」
同意を求めてきた愛斗の目は穏やかだった。
凪人も同じように空を見上げる。吸い込んだ空気は夏の匂いを含んで清々しい。
「はい、分かります。でも、ちょっと年寄りくさいですね」
「言うなよ、これでも四つか五つしか違わないんだぞ」
笑いながらバシバシと肩を叩かれる。しかし不思議と痛みは感じなかった。
雲は流れていく。
時計の針は進んでいく。
いずれは進まなくてはいけない。
アリスのことや発作のこと、そしてレイジのことに決着をつけなくてはいけないときがくる。
けれどそれまではもう少しだけ――。
※
『皆さんこんばんは。第●回納涼花火大会においでいただきありがとうございますッ』
六時半。地元テレビ局の女性アナウンサーの声で番組が始まった。番組の趣旨や会場の様子などを簡単に紹介したあとゲスト紹介に入る。
『では本日のゲストをご紹介します。花火に関する書籍を多数発行されている熊田笹子先生、そしてモデルのAliceさんです。どうぞー』
特設ステージの脇に控えていたアリスと熊田が飛び出していく。
(熊田先生って今日借りた本の著者だよね)
そんな専門家が呼ばれているとは知らなかった。名前のとおりがっしりした体格の熊田は同じゲストとは思えない圧倒的な存在感がある。花火トークにも慣れているらしく、司会に振られた話題にすらすらと応えている。それに比べるとアリスは画面に華を添えるだけの生け花のようだ。
『……で、どう思われますかAliceさん』
「えっはい?」
突然話題を振られたアリスは硬直した。その一瞬の間で「聞いてなかったのか」と責め立てる空気が生まれる。司会は気を取り直したようにマイクを向けてきた。
『今年の花火大会はどうでしょうか?――という話題だったのですが』
「あ、花火大会ですね。えーと、まだ花火を見ていないのでなんとも言えません」
どっと笑いが起きる。司会の眉間に皺が寄った。
『それはそうですよね、失礼しました。熊田先生はどう思われます?』
『はい、プログラムを拝見したところ今年は新しい技法の花火がたくさん打ち上げられるということでしたので楽しみにしておりました。適度に風もあって雲が流れていくので皆さまのところからも大輪の華がご覧になれるのではないでしょうか』
(どうしよう、やっちゃった)
アリスは頭を抱えていた。
生放送という撮り直しのきかない場面で話を聞いていなかったどころか空気を悪くしてしまった。これでは観客のみならずテレビの視聴者をも苛立たせてしまう。
(しっかりしなくちゃ。まだ挽回できるはず)
どこかで凪人が見ている。そう思うと身が引き締まる気がした。
しかしやる気とは反対にアリスは失敗を重ねていく。
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