第21話 魔女と花畑1

この日、ウォルタとフレイは、ある魔物退治の依頼を受け、都市郊外にある、ハナ村という村にやって来ていた。


「なあ、ウォルタ」


フレイが辺りの荒れ地を見回しながら言った。


「何よ?」


ウォルタはフレイの方を振り返った。


「このハナ村って確か、広い花畑で有名な場所なんだよな」


「ええ、そうだけど」


「うーん、それにしてもその花畑らしきものが見当たらないんだが……」


「……確かにそうね。こことは違う場所かしら」


ウォルタもフレイの言葉を受けて、辺りを見回した。すると、その二人のもとに、一人の茶髪の長髪の女性が近づいて来た。


「いいえ、ここがその花畑ですよ」


女性は二人のそばに来て、立ち止まると言った。


「ええ?! そうなのか、花なんか見当たらないけど」


フレイは女性の言葉を受けて、再び辺りを見回した。


「……あなたは?」


ウォルタが女性に尋ねた。


「いきなりで申し訳ございません。私、この村に住むフラウという者です。お花畑をお探しかと思い、つい話かけてしまいました」


そう言うとフラウは二人にお辞儀をした。


「構わないわ。教えてくれてありがとう。私はウォルタ、こっちはフレイ」


「おう! よろしく!」


二人はフラウに名乗った。


「それで、フラウさん。この荒れ地が、そのお花畑っていうのはどういうことかしら?」


ウォルタは首を傾げながら、フラウに尋ねた。


「……実はあることが原因で、村の周囲の花たちが全て枯れてしまったのです」


フラウは俯きながら答えた。


「あること?」


フレイが尋ねた。


「ええ、一ヵ月ほど前から、近くの森にベノムフラワーという魔物が生息するようになったのです。そして、その魔物が吐き出す毒の花粉が、風に乗ってこの村まで運ばれて来て、その花粉を浴びた花たちが、次々に枯れていってしまたのです」


フラウは花畑だった荒れ地を見つめながら言った。


「なるほど……依頼があったのはそう言う理由だったのね」


ウォルタがバッグから依頼書を取り出して言った。


「依頼? なぜそれを?」


フラウがウォルタに尋ねた。


「私たちは魔女なの。この村から、そのベノムフラワーの退治の依頼を受けてここに来たのよ」


ウォルタが笑顔で答えた。


「……そうだったんですか、助かります! ぜひ、ベノムフラワーを退治してください!」


フラウは目を輝かせて、そう言うと、深々と頭を下げた。


「ああ! 任せとけ!」


フレイが自分の胸をどんと叩いた。


「ええ、じゃあ早速、その魔物が潜む森に行きましょう」


ウォルタがそう言った後、ウォルタとフレイの二人はベノムフラワーが潜む森へと歩き出した。





「しかし、こんな村の近くの森にまで魔物が出るとは、困ったものね」


森の中を進むウォルタが言った。


「まったくだ。これじゃあ魔物が気がかりで、夜もぐっすり眠れないや」


隣を歩くフレイもウォルタに同調した。


「そうね。それと、フレイ。ベノムフラワーの花粉は花だけでなく、人体にも影響のあるもの。くれぐれも花粉には気を付けましょう」


ウォルタが注意を促した次の瞬間、近くの茂みが揺れ、そこから二匹の花のような姿をした魔物が二人の前に現れた。


「何だ⁉ こいつがベノムフラワーか?」


剣を取り出したフレイが尋ねた。


「いいえ、花の姿をしているけど、小さすぎるわ。もっとも、戦うことに変わりはないけど!」


ウォルタも銃を取り出した。すると、二匹の内の一匹が、フレイに向けて体当たりを仕掛けてきた。


「おっと!」


フレイは魔物の体当たりを剣で受け止めた。


「そんな攻撃効かないよ!」


そう言ってフレイが剣を構え直した次の瞬間、体当たりをしてきた魔物が、突如、体を震わせた。


「まずい! フレイ!」


ウォルタはそう叫ぶとフレイの体に体当たりを仕掛けた。そして、魔物はその花びらの中心から粉のようなものを吹き出した。その粉の軌道はウォルタがフレイを突き飛ばしたことによって、フレイではなくウォルタへと変わった。


「うっ!」


粉を浴びたウォルタの体に激痛が走り、ウォルタはそのまま倒れ込んで、気を失ってしまった。


「おい!ウォルタ、いきなりなにすん……ウォルタ? ウォルタ!」


フレイは倒れたウォルタの体を支えながら叫んだ。そしてウォルタの周囲に粉がまき散らされていることに気づいた。


「粉⁉ まさかこいつの花粉か? その毒でウォルタが!」


フレイは状況を把握すると、ウォルタを抱きかかえて、立ち上がった。


「……ここは、一時撤退だ! ウォルタを村まで運ばないと!」


フレイは魔物たちに背を向けると、ウォルタを抱きかかえて、森の入口へと走った。





フレイはウォルタを抱きかかえて、ハナ村まで戻ると、偶然、先程会ったフラウと遭遇した。フレイから事情を聞いたフラウは、医者である自分の家にウォルタを運び込むよう促した。


「……フレイさん、ウォルタさんの様子はどうですか」


外から家に戻ってきたフラウが尋ねた。


「……ダメだ、まだ意識が戻ってない」


フレイは顔を曇らせながら答えた。


「そうですか」


フラウもベッドに寝かされたウォルタを見て言った。


「……くそぅ、ウチのせいで」


フレイはそう言って唇を噛み締めた。


「フレイさん?」


フラウはフレイの顔を覗き込んだ。


「あっ、いや、何でもないよ。それより、フラウがお医者さんで助かったよ。ありがとうな!」


フレイは無理に笑顔を作って答えた。


「いえいえ、困ったときはお互い様ですよ。でも、申し訳ないのですが、私がお力になれるのはここまでです。ウォルタさんが浴びた毒を取り除くことは私にも不可能で……」


フラウは俯きながらそう言った。


「そうなのか?」


フレイが尋ねた。


「ええ、この村でも森に入って、同じように魔物に毒を浴びせられた人が何人もいるのですが、いずれも解毒方法が分かっていなくて……」


「そんな! 何か方法はないのかよ!」


フレイはフラウに詰め寄った。


「……一つだけ、方法があることにはあるのですが」


「何だ? 教えてくれ!」


「……ベノムフラワーを倒すことです。ウォルタさんや村人を襲った小さな花の魔物は親であるベノムフラワーの分裂体です。ですから、ベノムフラワーを倒せばその分裂体も一緒に消えます。そして、魔物が生み出した毒は魔物本体が消えれば、それらも一緒に消えます」


フラウはフレイの目を真っ直ぐ見て言った。


「……分かった」


そう言うとフレイは近くの壁に立てかけてあった剣を腰に着け、フラウの家を出た。


(ウチが油断したから、ウォルタはウチをかばって毒を浴びたんだ。ウチの手で蹴りをつけないと!)


そう思いながら足早にフラウの家から遠ざかるフレイの背中にフラウの声が響いた。


「待ってください! フレイさん!」


「……どうしたんだフラウ?」


フレイは笑顔でフラウの方を振り返った。


「……あの私なんかがこんなこと言うのは差し出がましいかもしれませんが」


「何だ?」


「……フレイさん……もしかして焦っていませんか?」


そのフラウの言葉にフレイは真顔になった。


「私、医者をしているせいか、人の顔を見ることで、その人の気持ちをちょっとだけですけどわかるんです。私には今のフレイさんはとても焦っているように見えて……」


「べ、別にそんなことないよ。ウチは至って冷静だよ」


フレイはフラウから目をそむけてそう言った。


「……さっき、フレイさん言ってましたよね。ウチのせいでって。もし、自責の念を抱えているのなら、ベノムフラワーに挑むのはやめてください! そんな気持ちで戦うのは危険すぎます!」


「うるさいな! 焦るに決まってるだろ! ウォルタがあんな状態なんだぞ!」


フレイの迫力に押され、フラウは後ずさりした。


「…………ごめん、ちょっと川で頭冷やしてくる」


フレイは再び歩き出した。


「……はぁ、私ったらまたやっちゃった……」


フラウはその場に膝をついた。





「ぶはぁ!」


川の水に頭を突っ込んだフレイが勢いよく頭をあげた。


「……何やってんだろウチ」


フレイは途方に暮れて空を数秒間見上げた。


「……フラウに謝んなきゃなぁ」


そう言うとフレイは立ち上がり、フラウの家に向かって歩き出した。そして、フラウの家につくと、フレイのもとにフラウが駆け寄って来た。


「フレイさん! ごめんなさい! 私、フレイさんの気も知らずにあんなこと……」


そう言って頭を下げようとしたフラウをフレイが止めた。


「いいや、謝るのはウチのほうだよ。ごめん、せっかく止めてもらったのにきつく当たって」


フレイは深々と頭を下げた。


「……フラウの言った通り、ウチは自分を責めて焦ってた、あんな状態で魔物に挑んでも、返り討ちに会うだけだ。言ってくれてありがとう」


「そんな、礼なんて……そうだ、フレイさん! ウォルタさんの意識が戻ったんですよ!」


「何! ホントか!」


フレイは急いでフラウの家のドアを開けると叫んだ。


「ウォルタ!」


「……うるさいわね、大きい声出さないでよ、頭に響くわ」


ベッドに寝た切りのウォルタが言った。


「ウォルタ! 大丈夫か! ウチのこと分かるか?」


フレイはベッドに駆け寄ると言った


「……大丈夫よ、分かるわ……体はちっとも動かないけど」


ウォルタはそう言うとため息をついた。


「フフ、私、タオルのお水変えてきますね」


そう言うとフラウは家の外に出た。


「よかった、ホントによかったよぉ」


フレイが顔を涙と鼻水で濡らしながら言った。


「大げさね……とは言え、心配かけて悪かったわね、フレイ」


ウォルタはフレイに笑顔を向けた。


「……フレイ、私があなたを連れてここに来た理由は、仕事の他にもう一つあってね。ここの花畑をあなたに見せてあげたかったからなのよ」


「花畑を?」


「ええ、ハナ村の花畑と言ったら、大陸でも有名な観光名所でね、辺り一面に咲く花が綺麗だって評判だもの。とは言っても、魔物のせいでその花畑も枯れてしまっていた訳だけど」


ウォルタは苦笑いでそう言った。


「……ウチも一緒に花畑、見てみたいな」


フレイはそうつぶやくと、立ち上がり、ドアの方に向かって歩き出した。


「ちょっと、あなたどこ行く気? ……まさか一人でベノムフラワーをやりに行こうって訳じゃないでしょうね」


ウォルタの言葉にフレイは立ち止まって振り返った。


「ま、まさかぁ、ちょっと外の空気を吸いに行ってくるだけだよ!」


そう言うとフレイはドアを開け、外に出た。


「……まったく。嘘が下手ね」


ウォルタはそう言ってほほ笑んだ。

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