7-5

「優花のスマホ……」


 理恩は優花のスマホを証拠品として持っていくように梢に言っていた。


「くっそ……間に合わねえ!」


 蒲田の駅まで全力疾走すると丁度発車した電車の車窓から梢と周の姿を確認した。品川方面だ。


 優花の母に、優花のスマホの位置検索を頼もうと思ったが、理恩の推理が正しければそんなことをしている間に梢は――。


 その時、ホームで佇む理恩の目の前に突如として光の粒子が現れた。


「え……」


 その光の粒は急速に集結し、人の形を造った。


「ばあちゃん!?」


 それは梢の祖母だった。恐らく生き霊を飛ばしてきたのだろう。


「理恩くん、急いでおくれ。学校へ」

「学校……?」

「梢を頼む」


 それだけ言うと再び梢の祖母の姿は光の粒となり跡形もなく拡散した。


***


「誰もいないね」


 休日の学校は当たり前だが閑散としていた。

 だが、梢にはわかる。

 野神沙耶香の怨念が今や学校全体を覆うようにしている。


「あの……」


 ここに来るまで、周はひと言も言葉を発しなかった。梢もまた何も口に出さずにいた。


「うん、心配しなくてもちゃんと話すから。まずは何から話そうかな」


 そう言って周は旧校舎の方へ足を向けた。

 怨念の根源があるその場所へ近づくのは梢の身には堪えるのだが、周は何も感じないのかスタスタと歩みを進める。


「俺、中学に上がるまで母子家庭で育ったんだ」

「え……」

「母さんが付き合ってたヤツには家庭があったんだ。それを知らずに母さんは付き合ってて俺を妊娠した。その途端手のひらを返したようにそいつは母さんを捨てたんだ。許せないよな」


 あまりの予想外の話に梢は息を飲んだ。


「それでも母さんは俺を産んで育ててくれた。ほとんど仕事でいなかったけど、幸せだったよ。でも、小学校を卒業してすぐに母さんは死んだよ。過労死ってヤツで」


 とても悲しく辛い過去のはずなのに、周は淡々と続ける。


「その後、母さんの弟、今の父さんの家に引き取られた。今の母さんは世間体を気にする人だから俺みたいなのは受け入れたくなかったみたいだけどね。中学に上がった俺は荒れたよ。梢ちゃんが見たら引いちゃうかも」


 旧校舎のエントランスを開けると、重苦しい空気が梢にのしかかった。咄嗟に梢はスカートのポケットに入れている祖母から譲り受けた数珠を握りしめた。


「で、でも更生したじゃないですか」

「せっかくここに入れたのにグレてたんじゃ退学になっちゃうでしょ」

「そうですよ! ここに入るために……尊敬するお兄さんと同じこの学校に入る為に頑張ったんじゃないですか!」

「あはは! 梢ちゃんは本当に面白いなあ。俺が本当に兄ちゃんを尊敬してたと思う?」


 不敵に笑う周に梢は全身が粟立つのを感じた。


「家でも学校でも優秀な兄ちゃんと比べられる。俺に居場所なんてなかったよ」


 周は笑いながら階段を登っていく。


「そんな時、沙耶香と会ったんだ」

「え……?」


 頭がガンガンと音を立てる。この人は何を言っているのだろうか。

 野神沙耶香と会っていた?

 梢の胸に不安が込み上げる。


「沙耶香は丁度受験を間近に控えていて、家でも学校でもいい子でいることに疲れていたんだ。そんな時に渋谷のゲーセンで会った」


 渋谷。

 周は渋谷が苦手だと言っていた。

 だが、それはかつての遊び仲間がいる可能性があるから梢に知られたくなかったのだろうか。


「俺、見境なく女の子に手を出してたからね。沙耶香にも例外なく声をかけたよ」


 少なからずショックだった。

 荒れてしまった周の気持ちもわかる。けれど、あまりにも不誠実だ。


「他の子と同じように少し遊んだら捨てるはずだった。だけど、沙耶香は他の子と違って俺に説教してきたんだ。負けるなって。頑張って見返してやれってね」


 呼吸が苦しい。

 これ以上登ってしまったらどうなるのかと想像して梢は恐怖した。

 そして、これまでの梢の推理が覆されそうな周の告白にも。


「俺は沙耶香が好きだった。付き合おうって言ったけど、受験があるからって断られたよ。だから最後に無理矢理キスした。俺も沙耶香と同じ学校に入るから、そしたら付き合おうって約束してね」

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