6-3
「ごめんね……今だけ……今だけあなたを娘だと思って抱きしめさせて……」
拒む理由などなかった。
「先に外出てるから」
理恩はそう残すと玄関の外へと出た。
「ありがとう、理恩」
5分程して玄関から出てきた優花はすっきりとした顔をしていた。
「別に。もういいのか?」
「うん! 多分もうママも私も大丈夫!」
「そっか。行ってよかったな」
そう言って理恩は優花の頭を軽く撫でた。
「うあ! 頭ポン! 至福!」
「今だけな」
「えへへ。でもこれで記憶が戻ったらもう理恩ともお別れか。やっぱ寂しいな」
「墓参りくらい行ってやるよ」
「やった! 約束だよ? じゃあ、スマホ見てみようか」
そう言ってふたりは井の頭公園へと足を運んだ。
空にはすっかり月が昇っていて、公園内はいたるところがライトアップされ始めていた。
数週間前までは満開であったであろう桜の木の下に設置されたベンチへと腰を下ろし、理恩は学生鞄からモバイルバッテリーを取り出した。
「これ使って」
「あ、うん」
優花も学生鞄から預かったスマホを取り出すと、理恩から渡されたモバイルバッテリーのケーブルの先をスマホへ差し込んだ。
再びスマホを起動し、パスワードを入力する。
「覚えててよかった」
「ほんとだな。忘れてたら詰んでた」
「理恩にパスワード教えておこうかな。いつ何が起こるかわかんないし」
「……おまえがいいなら」
「理恩にならいいよ。私の全てを曝け出しても」
「どうせくだらないことでも友達としゃべくってたんだろ」
「あ、バレた?」
「ええと」と優花がホーム画面に並んだアプリからメッセージアプリを起動した。
「わ、未読が500件……」
「既読つけんなよ? 軽くホラーだから」
「え、それじゃ読めないじゃん」
「そう言う時は」
そう言って、理恩は横から手を出すと設定画面の飛行機のマークをタップした。
「機内モード?」
「通信切って見れば既読つかないからな」
「なるほど! 理恩頭いい!」
それからすぐにそれは見つかった。
数個あるグループトークの1つが参加人数が“1”になっているものがあり、開いてみると優花が打ち込んだメッセージ以外がまるきり消えていて、最後に【サヤカが退出しました】とある。
友達リストを確認すると“Unknown”と表示されたアカウントがひとつ。
「……やっぱり、私は野神沙耶香と友達だったんだ」
「このやり取りは覚えてないのか?」
「待って……」
優花はじっとトーク画面を見た。
最後の履歴は優花が事故にあった当日のもので、時間的にこのやり取りをしている最中にホームから線路へ転落したのだろう。
20××年12月10日(月)
(削除)
ゆか:それってもう時効じゃん。沙耶香が気にすることないよ。(15:10)
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ゆか:……そりゃ、沙耶香が気にするのはわかるけどさ。それを脅しの材料に使ってくるなんて許せない!(スタンプ)(15:12)
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ゆか:絶対に要求飲んじゃダメ!(15:14)
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ゆか:……沙耶香はどっちが好きなの?(15:18)
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【サヤカが退室しました】
「野神沙耶香は誰かに脅迫されていた?」
「そうみたいだな」
「どっちが好き……って、小嶋兄の他にも野神沙耶香には好きな人がいたの?」
「少なくともおまえはそう思ってたみたいだな」
「うう……なんで思い出せないんだろう……」
死ぬ間際まで会話をしていた相手のことを、優花は完全に忘れてしまっていた。
優花の母が言うように転校してきてから一番の友達は野神沙耶香で間違いないはずなのに。
「きっと親友だった……。だってこのグループトークだけお気に入りつけてるもん」
「小嶋兄弟のことはどうだ? 何か思い出せそうか?」
「まだ……だけど思い出したい。ううん、私は思い出さなきゃダメなんだ」
これで野神沙耶香が何者かに脅されていたことは事実だということがわかった。
小嶋尊以外に野神沙耶香が想いを寄せていた人物。
それは誰なのか――。
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