6-2

「こっちに転校してきてすぐに仲良くなった子なのよ。ほら、この子」


 そう指を差された写真に理恩はメガネの奥の目を見開いた。


「……野神……沙耶香……?」


 先日、野神家で見た遺影よりも若干幼い野神沙耶香の笑顔がそこにあった。


「そう、沙耶香ちゃん。とても頭のいいお子さんでね。優花は沙耶香ちゃんのことが大好きだったのよ」


 理恩が優花を見ると、彼女の顔面は見るからに青ざめていた。


「……ママ。スマホは? 私のスマホ」


 野神沙耶香の写真から目を離すことなく、優花は震える声で母へ問いかけた。


「え……」

「ゆ……梢!」

「お願い、ママ! 私のスマホを見せて欲しいの!」

「梢!」


 困惑する優花の母と声を荒げた理恩を交互に見てから優花ははっと息を飲んだ。


「ご、ごめんなさい。あの、優花さんのスマホは……」


 暫しの沈黙の後、優花の母親はゆっくりと立ち上がり、優花が生前使用していた勉強机から化粧箱を持ってきた。


「事故は酷いものだったわ。優花はバラバラになってしまったけど、何故かこのスマホだけは無事だったの。皮肉なものよね」


 そう言ってゆっくりと箱を開けると、そこに

は多少ディスプレイが割れているものの、ほとんど無傷のスマホが姿を表した。


「充電が切れてると思うから、ちょっと待ってね」


 優花の母親は充電器をコンセントへ差し、それから沈黙を守っているスマホへとケーブルの先を差し込んだ。


 3人が固唾を飲んで見守る中、暫くして充電中を知らせる赤いランプが点灯した。


「あの……すいませんでした。取り乱してしまって……」


 充電が完全に切れてしまうと、起動できるまでに数分充電をしないとならない。優花は沈黙に耐え切れず、そう切り出した。


「……一瞬、優花があなたに乗り移ってくれたのかと思ったわ」


 「そんなことあるわけないのにね」と彼女は笑ったが、その通りである。


「ちょっと気になることがあって興奮しちゃいました」

「気にしなくていいのよ。それよりスマホの中身が生きてるといいけど……」


 優花が試しに電源ボタンを長押しすると真っ黒い画面の真ん中に白いアプリコットをモチーフにしたアイコンが表示された。どうやら起動はするようだ。

 続けて画面が切り替わると6桁のパスワードを要求された。


 優花は無意識に指を動かす。


 すると、なんの抵抗もなくホーム画面が現れた。


「……あなた……やっぱり優花なのね?」


 本人しか知り得ないパスワードをいとも簡単に解いてしまったのだ。そう言われても致し方ない。


「いえ……。彼女が好きだった芸能人の誕生日と彼女の誕生日を入れてみただけです」

「……そう。そうよね。変なこと言ってごめんなさい」


 少しばかり落胆の色を見せた優花の母に優花は苦笑した。


「それはあなたに預けるわ。契約は私名義だから解約してないの。インターネットも繋がるから」

「いいんですか?」

「その中に知りたいことがあるんでしょう? ゆっくり見てもらって構わないわ」


 理恩と優花は深く頭を下げると、腰を上げた。


「それじゃあ……突然おじゃましてすみませんでした。これ、調べたらきちんとお返しにきます」

「私こそ久し振りに楽しかったわ。スマホのことがなくてもたまにはふたりで遊びに来てちょうだい。今度はちゃんと片付けておくし、食事も用意しておくから」

「はい。じゃあ……」


 理恩が頭を下げ、優花が玄関のドアノブへ手をかけた時、優花の母親が「ねえ」と声を発した。


 優花が振り向くと、母は静かに涙を流していた。


「優花は……幸せだったのかしら……」


 この家に生まれたこと、この母と父に育てられたこと、沢山の友人に出会えたこと。

 死ぬ間際でさえ浮かばなかった生きてきた思い出が優花の脳裏に走馬灯のように駆け巡った。


「優花さんは……いつも幸せそうでしたよ」


 優花の言葉に母は泣きながら笑った。


「そう……よかった……」

「お母さんとお父さんがいつも笑顔だから幸せだって言ってました。だから、笑ってください」


 そう言う優花もまた泣いていた。

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