4-3
「自己紹介は後にして先に沙耶香さんにお線香を」
「あ、ああ。こっちだよ」
藪から棒にオカルトミステリー研究部だなんて言えば、興味本位でここへ来たのかと野神に与える心象が悪くなる。理恩は慎重にことを進めたかった。
一方、全てを話すと理恩に言われていたのに言動を止められた大森は若干腑に落ちない表情を浮かべていた。
野神に案内されたのは、客室の向かいに位置したこれまた和室であった。
襖を開けた途端に線香の匂いが一層濃くなった。
「沙耶香、お友達が来てくれたよ」
野神が話しかけたその先には生前の沙耶香が梢と同じ制服に身を纏い、屈託のない笑顔で写る遺影があった。
仏壇に向かいおりんを鳴らすと、野神は丁寧に手を合わせ、暫しの間目を伏せてから、大森たちに視線を向けた。
「どうぞ」
「失礼します」
順番に線香を焚く。
梢は明るく笑う沙耶香の遺影を前にして、胸が苦しくなった。自分と同じ年齢で命を失ってしまった彼女のことを思うと、自殺であれ、他殺であれ、言い様のない悔しさが込み上げる。
「梢」
鼻の奥にツンとした痛みを覚えた時、背後から理恩に声をかけられた。
「な、なに?」
「あまり感情移入するな」
小声で言われたひと言に祖母から言われた言葉が重なり、梢は「わかってる」とだけ答えた。
「そう言えば、奥さんはお出かけですか?」
再び客間へと戻ってきた時、神楽坂が野神へ問いかけた。
「……いないよ。1年前に離婚したんだ」
苦笑する野神に「す、すみません!」と神楽坂は勢いよく頭を下げた。
ああ、だからこの家には生活感が感じられないのだ、と梢は納得した。勿論、野神が普段生活している部屋は違うだろうが、梢たちが案内された場所は普段使っていないのだろう。
「いいんだよ。沙耶香を亡くしてから、こうして職も失ってしまった私には、妻を引き止められるものが何も無かった。それに妻は辛くても必死に明るく過ごそうと努めてくれていたのに、私にはそれが沙耶香のことを過去にされるようで許せなくてね……。少し考えればそんなことは絶対にないことはわかるのに、あろうことか私は妻を責めてしまっていた。離婚されても仕方ないんだ……なんて話を聞かされても君たちには迷惑だね、すまない」
泣くようにして笑う野神に部屋はしんと静まり返った。
そんな沈黙を破ったのはやはりこの男、理恩であった。
「野神先生は沙耶香さんが自殺をした。と思ってますか?」
「……え……」
いよいよ本題へ触れるのだと思ったオカルトミステリー研究部の面々は固唾を飲んで理恩を見つめた。
「……警察がそう判断したんだ。仕方ないだろう」
「と言うことは、本心ではそう思っていない。そうですね?」
野神は驚いたように目を見開き、それから湯気を立てているカップへ視線を落とした。
「……あの子が……沙耶香が自殺なんてするはずがない。証拠はないというけど、遺書だってなかったんだ。自殺をした証拠だってないはずなのに……」
そう絞り出すような声を出し、野神は身体を震わせた。
「実は……俺達たちもそう思ってます」
野神が理恩を見た。
その瞳は揺らぎ、乾いた唇はぽかんと開かれている。
「なんで……」
「これから話すことは冗談でもなんでもありません。ましてや興味本位なんかでもない。その事を理解して聞いて頂けますか?」
梢は驚いた。
こんなまともな対応をする理恩を初めて見たからだ。
瓶底メガネのイメージも手伝って、冗談を言うような雰囲気は微塵も感じられない。これなら野神もこれから話す現実離れした話を真剣に聞いてくれるだろう。
「君たちはタチの悪い冗談なんて言わなさそうだ。聞くよ」
野神は理恩を真剣な面持ちで見据えた。
それから理恩は静かに口を開いた。
「俺たちはオカルトミステリー研究部に所属しています。部長は大森先輩、副部長は神楽坂先輩です」
「オカルト……」
野神は眉をひそめた。
「まさかとは思うが、沙耶香の幽霊が本当に出るとでも?」
「最初に言ったはずですよ。これは冗談でも興味本位でもないと」
「……すまない。続けてくれ」
「先日、旧校舎へ行きました」
「……それで?」
「そこに沙耶香さんの残留思念を感じました。恨み、悲しみ……もちろん自殺をした魂というのは無念を残すものですが、彼女は自分の死を受け入れていない」
理恩の言葉に野神の瞳が揺れた。
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