4-1『鍵』

「梢、これを」


 いつもの報告を終えた後、祖母はベッドの脇にある木製の棚から漆黒に輝く数珠を取り出し、梢へ差し出した。


「これって、おばあちゃまが愛用してる数珠だよね?」


 祖母は頷くと「ばあちゃんをずっと護り、そして冷静さと勇気を与えてくれたものだよ。これからは梢が持っているといい」と言った。


「え……いいよ! だって大切なものなんでしょ?」

「大切だから梢に渡すんだよ。このお数珠は誘惑からも護ってくれる。悪霊というのは人の弱さにつけこんで惑わせてくるものだからね。しっかりとした意志を梢が保てるように手助けをしてくれるはずだよ」

「でも……」


 祖母の手には梢にはない皺が幾つも刻まれていた。その枯れ木のような手が梢に向かってもう一度差し出される。


「持っていなさい」

「……わかった。大切にする」


 梢は丁寧に数珠を受け取ると、しっかりと胸に抱いた。


「それと、梢は気は強いくせに情にほだされやすいところがある。だから憑依もされやすい」


 梢は「う!」と短く声を出した。祖母の言う通りである。


「魂を重ねろとは言ったが、絶対に同情はしてはいけないよ。でないと引きずり込まれる」

「わ、わかった!」


 梢は胸に抱いた数珠に力を込めた。


「そうだ。黒猫のことなんだけど、避けるにしてもいつも宝生くんの傍にいるの」

「そうみたいだねえ。黒猫に取り憑いているあの子は別に悪い子ではないよ。ただ、あの子は成仏しないんじゃなくて、出来ないみたいだね」

「え? そうなの?」

「それが何なのか、ばあちゃんにもわからない。わからないから用心しろと言ったんだよ。あの子にとって梢はいいカモのようだしね」


 と言って祖母は笑った。

 カモだと言われた梢の方は当然笑えなかった。



***


 今月の部誌も無事に編集が終わり、いつもなら次の部誌のタイトル決めを行うらしいのだが、部室内に置かれたホワイトボードには“旧校舎事件”のタイトル文字の下に、N・Sa野神沙耶香N・Shi野神慎也K・T小嶋尊K・A小嶋周と書かれ、それぞれが矢印で繋がれ、関係性が記されている。所謂相関図のようなものであった。


「ここまででわかっていることを図にまとめてみたの。と言っても、まだこれだけじゃなにもわかってないのと一緒ね」


 ボード用のペンのキャップを閉めながら、神楽坂がため息を吐いた。


「うん、でもわかりやすいし、これからわかったことをここへ書き込んでいけば解決の糸口が見えてくるかもしれないな。さすが副部長!」


 大森に盛大に褒められ、神楽坂は瞳を泳がせ赤面した。照れているのだろう。


「それで、野神先生の現在の住所はわかったのか?」


 理恩が大森を見た。


「野神先生と仲良かった友達が今でも年賀状を出してるって話を聞いたことがあったから、そいつに確認したら住所は変わってないって言ってたよ」

「仲が良かった?」

「ああ、うん。すごく面倒見のいい先生でね。そいつだけじゃなくてほとんどの生徒が野神先生のことを好きだったんじゃないかな。俺も好きな先生だったよ」


 学校誌に写っていた野神慎也は明るく快活そうであった。男女問わず人気の教師だったことが伺える。


「離職の理由は?」

「一身上の都合、としか配られたプリントには書かれてなかったと思う。離職式にも出席していなかったし、細かいことはわからないな。でも、野神沙耶香の父親なら……理由はただひとつしかないよな……」


 愛娘の自殺。

 それだけで娘がこれからも通うはずだった学校に務めるのは地獄のようなものだっただろう。

 加えて、娘の幽霊が出ると噂され、入学希望者が減ったとなると、学校関係者からの目も冷たかったに違いない。


「会う約束は……」


 今度は理恩の質問に神楽坂が手を挙げて答えた。


「それなら、私が電話で取り付けたわ。野神先生にはよく質問に行っていたから覚えられてた。沙耶香さんにお線香をあげたいと申し出たら難色は示されたけど、承諾してくれたわ。今度の土曜日で良かったわよね?」


 神楽坂はドヤ顔でそう言って、メガネの真ん中に人差し指を当てた。


「質問です。あの、僕たちも?」


 自信なさげに手を挙げたのは佐野だった。次いで田中も同じように小さく手を挙げる。


「あ、そうか。私と大森くんは野神先生と面識があるけど、2年生以下は知らないんだもんね。お線香をあげにいくのはおかしいか……。じゃあここは私と大森くんの2人で……」

「いや、全員で行く」


 神楽坂の言葉を遮るようにして理恩が口を挟んだ。


「え、でも」

「自分の娘が怨霊になってしまっていることを伝える。部として彼女の死に疑問を持っていることも、野神先生が生霊となって学校で何かを探していることも、全部話す」

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