2-6
鼻で笑われたので梢は頬を膨らませた。
「悪かったわね。自分でも情けないとは思ってるわよ。本当なら私から交霊しないといけないのに……」
「……しないといけない?」
梢はしまったと口に手を当てた。
これまで自分がイタコの孫であることは誰にも言ったことがなかったし、他人に知られたくないと思っていたのに何故吐露してしまったのか。
「ずっと不思議に思ってたけど、少しばかり霊感があるからって、あんな部に入るようなやつじゃないよな。先輩たちみたいにオカルトが好きなわけでもなさそうだし。寧ろ苦手なんじゃないか?」
瓶底メガネ越しにじっと見られ、梢は観念したように口を開いた。
「苦手よ。怖いのも嫌いだし、本当は霊感なんてなければ良かったと思う。けど、おばあちゃま……祖母は私に期待してくれてるの。祖母は偉大なイタコなの。尊敬してるの。私にその素質があるっていうなら頑張って期待に応えたいのよ。だから、苦手でもなんでも修行のために心霊体験を積むべきだと思ってる」
「口寄せするどころか、乗っ取られてるじゃねえか」
「う、うるさいな! 人が気にしてることを……、今はそうでもそのうち……」
「そんなことやってたら、能力開花する前に取り殺されるかもしれねえぞ?」
「守んなさいよ」
「は?」
梢はポカンと口を開けた理恩をキッと睨んだ。
「霊能力者としては悔しいけど私より力があるのはわかる。あの場にいて正気でいられたことが何よりの証拠だわ。だけど、宝生くんには霊の声は聴こえないのよね? だったら私を使えばいい」
「梢に霊を憑依させて対話しろって?」
頷く梢に理恩は首を横に振った。
「その辺の浮遊霊ならいざ知らず、相手は怨霊だ。冗談じゃなく取り殺されるぞ」
「そうならないように事件の真相を探ってるんでしょ? それに最後は本人に聞くのが一番。生きてる人間は嘘をつく」
「……それはそうだな」
そう理恩が呟いた時、どこからともなく彼の足元に黒猫が擦り寄ってきた。
「ひっ!」
飛びあがらんばかりに驚いた梢は、咄嗟に理恩から離れた。
「なんだ、猫嫌いなのか?」
「嫌いじゃないけど、寧ろ好きだけど、黒猫はダメ!」
「記憶ないんじゃなかったか?」
「……なんの話?」
「コイツだけど。梢に憑依したヤツ」
黒猫が理恩の言葉に頷くようにミャーと鳴いた。
「え! 動物の霊だったの!?」
祖母が黒猫に用心しろと言ったのは、この猫に取り憑かれるという意味だったのだろうか。
「いや、正確にはこの黒猫に憑依してるヤツ。優花っていうんだ」
「お……お知り合い?」
「まあな。懐かれちゃって困ってる」
黒猫はゴロゴロと喉を鳴らしている。梢は学生鞄を強く抱き締めながら、理恩と黒猫を交互に見た。困っていると言いながらも邪険に扱うような素振りはない。それにこの黒猫からは邪悪なものは感じないが、一応警戒はしておこうと梢は思った。
「あなたって優しいのか、そうでないのかわかんないわね」
「おまえは度胸があるのかないのか、よくわからん」
「けど」と理恩は黒猫の頭を撫でながら言葉を続けた。
「お前の言う通り、俺には霊の声が聴こえない。それでも強制的に除霊することは出来ないこともないが……出来れば話して納得の上、成仏させたいからな。梢には協力してもらう」
梢はゴクリと喉を鳴らした。
「守れ、とか言ったな。言われなくても俺が傍にいるうちは守ってやるよ、ってなんだその顔」
イケメンが言えばときめくだろうセリフは、驚く程に梢の気持ちを萎えさせた。
「……なんでもない。じゃあ、そういうことでよろしく。相棒」
「誰が相棒だ」
美少女と瓶底メガネと黒猫の影が、夕暮れに染まる街並みに溶けていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます